レッスン中、私が添削をするために、朱墨を付けた筆を持って生徒さんにじわりじわりと近づいていくと、生徒さんが残念そうな表情を浮かべて、私のことを見ながらこう言います。

「先生、上手く行きませんでした。なんかバランスが悪いんですよね…。」

うん、確かに。お手本と見比べると、どこか違和感がある…。

 

でも、この「なんかバランスが悪い」と思ってしまう「違和感」について、具体的に

「どこがどのようにバランスが悪いと思います?」

と聞いてみると、

「ん~…」

と黙り込んでしまう。

 

書道に限らず、「なんか違う」んだけど、それが何かが分からない…でも、モヤモヤして伝えられない…という経験ありませんか?

私もあります。書道のレッスンでは、その違和感を的確に伝えられるのに(仕事だから、出来なければ逆にマズい)、普段の生活では、「んあ゛ーーっ!」と心の中で謎の叫びをしたりとか、言葉に出来ないモヤモヤがたまることも度々。

「なんか違う」と思うことはとても大切。でも、そこからもう一歩踏み込み、「なんか違うこと」を掘り下げて、その違和感を言語化することは、もっと大切だと思っています。

 

ここで、サンプルを一つ。

一番左に書いてある【春】という字のお手本と、①と②の【春】の違いを見比べてください。
お手本と見比べて、変だな?と思うところはどこかを説明してみましょう。

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答えは、ブログの最後に!

 

字が上達するためには練習量も必要ですが、この違和感の正体をつかむことなく「なんとなく書けていない」状態を抱えたまま、ただ闇雲に書く枚数を重ねても、あまり意味はありません。

私のレッスンでは、この「違和感の正体を明らかにする」ために、どこがお手本と違うのかを、生徒さんの口から出来るだけ具体的にお話してもらうようにしています。
(というより、最近は、添削する前に「ここがお手本と比べて△△だったのでダメでした…」と的確におっしゃってくださる生徒さんの方が増えていて、心の中でニヤリとしています。)

つい、朱墨や赤ペンで先に添削したくなってしまうのですが、一方的に違いを指摘するよりも、生徒さん自らが言語化した方が、自分で点や線の位置関係を論理的に考えることが出来るようになり、身につくスピードが早まります。

まずは「自ら違いに気づくこと」を大切に、その気づきをサポートするのが講師の役割だと思って、レッスンをしています。

 

「違和感を言語化する」と一口に言っても、自分にしっくり来る適切な言葉を引っ張り出すためは、経験や語彙力、何か別のものに例えるための幅広い知識なんかも、きっと必要で。

日常生活の様々な場面でモヤモヤした状況があった時に、「そう!これよ、これ!」というスッキリと晴れ晴れした気持ちまで、自分の力だけで持っていくのは、難易度の高い作業な気がします。

字を何とかしたいけど、自分ではどうしたら良いか分からない時に、私たちのような書道講師がいるように、何とかしたいと思っても答えを出せない時は、どんどん人やモノの力を借りるのがオススメ。

気の置けない友人でも良し、友人に知られたくなかったり、面倒なことに巻き込んでいるようでイヤだなぁ…という場合は、第三者となるプロの講師やカウンセラーなどでも良いでしょう。相談することがそもそも面倒であれば、音楽や本やアートに触れることで、解決に向けてのヒントが得られることもあるかもしれません。

カウンセラーや講師という名のつく人であったり、作家やシンガーソングライターなど、表現をする人は「違和感を言語化する」ことで「心のモヤモヤを解消する」のも仕事の一つ。カウンセリング、指導、音楽、小説、エッセイなどは、「そうそう!私もこれが言いたかったんだよ!」という気持ちを得るためのサポートをする役割も担っていると思っています。

いきなり自分で言語化することが難しかったら、誰かが言ってくれている「違和感」に対して、共感することがまず第一歩。

日常生活で、相手に「なんとなく」伝えたことで誤解を与えてしまったり、面倒だから言うのをやめてしまったがために、更にモヤモヤするような出来事が自分に跳ね返ってきたりすることも、この「違和感を言語化する」力をつけることで少なくなるかもしれません。自分への大いなる戒めも込めて…。

 

<答え>
① 1画目~3画目、横画の線3本の長さが全て同じ、線の方向がすべて一緒(線にそりや伏せがなく、全て右上がり)
  左はらいと右はらいの角度が狭くて、下に伸びすぎている
  右はらいの最後、右へのはらう前に角度が変わっていない
  6画目~9画目、「日」の形が、ほぼ正方形になっている

② 全体的に線が細すぎる
  1画目~3画目、横画の線3本の長さが同じ、空間があきすぎていて、3本とも線がまっすぐ(線にそりや伏せがない)
  4画目の筆を置く角度が違う(穂先が左上ではなく、右上を向いている)
  左はらいと右はらいの角度が狭くて、下に伸びすぎている
  6画目~9画目、「日」の形が、横長の長方形になっている