本日42歳になりました。

書道,現代アート,レベルアップ,ドラクエ,テレレレッテッテッテー

今日はさすがに誕生日なので、自分が何歳になったのかは分かっていますが、周りの人と年齢の話になる度に「あれっ?私、何歳だっけ?」と、本当に分からなくなることがあります。

「それって、わざと年齢言いたくないんでしょ?」
「年ごまかしたいんじゃないの?」

いうことではなく、自分が何歳かを気にしていないので、本当に分からなくなるのです。40代前半というのは認識できているので、年齢を聞かれたときは、41歳〜43歳辺りをウロウロ…。

元々「あー、年を取りたくないなぁ…」と思ったこともあまりないし、年齢を聞かれても躊躇せずサラッと答えます(前述のように、普通に間違ってしまうことはありますが)。

もちろん、年齢を聞かれて、

「何歳だと思う~?♡」

なんていうこともしません。(←これが自然に言えるような人間になっていたら、もっと私の人生が変わっていたかもしれない 笑)

「年齢は単なる数字にすぎない」

という言葉を度々耳にします。

これを最初に言ったのが誰かは分かりませんが、「年齢は単なる数字」と、Google先生で検索すると、一番最初にこちらが出てきます。

英語のことわざ【年齢は単なる数字】

年齢は成熟を保証するものではない  -ラワナ・ブラックウェル(アメリカの作家)

確かに。

10歳でも成熟した考えを持った人もいれば、20歳で自ら命を落としてしまう人もいる。
50代で投げやりな生活を送る人もいれば、60代で新たな挑戦をする人もいる。

前のブログで、作者は、作品に生き様が100%表れているかを見られているということを書いたけど、

「何年生きてきたか」ということよりも
今まで&これから「何を経験して、何を感じて生きていくのか」

ということが大切で、成熟した人生を送るためには、幸せの照準を、自分が思う方向に常に合わせられているかを意識する必要があると思っています(←これは、度々私も忘れちゃうことがあるので、自分への戒めのためにも言っている)。

以前、ある方に、

「あなたは、あなたの人生を生きていい」

と言われたことがあるのですが、何か迷った時、例えば、

親や大切な人が思う幸せ像につい合わせていないか?
世間一般(という曖昧模糊としたもの)で言われている幸せ像に踊らされていないか?
自分の幸せの鍵を他人に預けっぱなしにしていないか?

ということは、冷静に見ておきたいところ。

テレレレッテッテッテー(・∀・)は、ドラクエのレベルアップ音ですが、死ぬまでレベルアップし続けられるような生き方をしようと思います。

大切な友人や仲間、多くの人の応援があって、書道を存分に出来る環境にあること、本当に感謝しています。ありがとうございます!