私たちは、毎日「幸せ」な選択をしながら生活出来ているだろうか?

Facebookでお友達がシェアしているのを見て初めて知った、滋賀県にある障害者施設「やまなみ工房」。

スマホの画面を見ただけでも作品の熱量に圧倒され、先月は、アーツ千代田3331のアートフェアで作品を拝見し…。

昨日は、彼らの創作の様子や日常を追ったドキュメンタリー映画「地蔵とリビドー」の観賞会&トークショーで六本木へ。



表現を生業とする者として、また、放課後等デイサービスでの指導に関わる者として、作品が作られる過程やアーティスト(入所者)とスタッフとの関わり方が気になっていました。


映画で終始映し出されていた彼らは、無理なく自然な形で、アートを通じて自分自身を存分に幸福感で満たしているようでした。幸せそうな笑顔が印象的だったなぁ…。

お腹が空いたからご飯を食べる、用を足したいからトイレに行く…というように、創作作業がごくごく普通の生理現象の一つとして組み込まれている。

彼らにとって、表現することは生きるために必要不可欠なんだけど、のどから手が出るほど欲するものというよりは、空気のように「あって当然」という、とてもシンプルなものに捉えているように見えました。


映画が終わってからのトークショーでは、笠谷圭見監督と施設長の山下完和さんが登場。



世の中一般的な社会福祉のイメージとはかけ離れた、ロックバンドのボーカリストとギタリストによるトークショー的な雰囲気が漂っていますが、左側が笠谷監督で、右側が山下さん。

発言の一つ一つは、まさに風貌通り(!)ロックで、面白くて、力みがなくて、超!超!カッコ良かったです。

トークショーでは、アウトサイダーアートというジャンルが注目され、海外からも評価されている今、社会への貢献や還元という意味で、作品のマネタイズも重要なのでは?という質問も投げかけられていましたが、

自分の世界を作ること、一日を幸せに穏やかに過ごせるか…ということを常に考えているというお話をされていました。

彼らの熱量と緻密さにあふれる作品の数々は圧倒的なパワーを放っていて、今は海外のアート市場でも人気を博していますが、当の本人たちは完成した瞬間に全く興味がなくなるんだそう。

彼らは、周りの評判はどこ吹く風。
ただ作りたいから作る。それだけ。

モノづくりに対する最強の姿勢を見せつけられて、ただただ脱帽するばかりでした。


鎌江和美さんの作品「まさとさん」 施設長の山下さんを想う気持ちを表現している。


あぁ、私はいかに先入観や思い込みに翻弄されながら生活しているんだろう…。

表現するのにあたって、脱がなければならない鎧がまだまだたくさんあるじゃん?色んな出来事に対して、あるいは人に対して、余計なフィルターをかけすぎてない?前例や他人の価値観に捉われず物事をゼロベースで考えられてる?などなど…色んなことを考えさせられています。

ただ、考えることも重要だけど、考えすぎて「あれ、私何がしたかったんだっけ!?」と、本質を見失わないように。物事はシンプルに捉えよう。

・誰が何と言おうと、自分がやりたいことをやり続ける
・自分が高まることに集中する
・自分が常に幸せな方向に向かっているか、心の声を聞く

などなど、本当に多くの学びがありました。

一方で、やまなみ工房でライブをやった向井秀徳さんが、アーティストが「完成した作品に興味がなくなる」という事実を受けて、「好きな音楽をする…の先には「おねーちゃんにモテたい」がある」という類の発言にも納得。表現した先に何らかの欲求があるのは当然だと思う。それが表現のモチベーションだっていいじゃないか。人間だもの。

「アート」とか「福祉」とか「障害者」などという括りは関係なく、自分を表現するとは?という本質が見られるので、おすすめです。

上映スケジュールはこちら
関東は、渋谷のシアター・イメージフォーラムにて4月20日(土)から公開です。


会場で、山際正己さんの作品「正己地蔵」が販売されていたのですが、



たくさんのお地蔵さんの中から、二人お迎えしました。

一人だと寂しそうに見えたんだよね。二人いると何だか安心する(^_^)

知識を入れるのは程々に~私がお酒の薀蓄やライブのセトリが覚えられない理由

私は、美味しいお酒を飲んだときに、その銘柄や薀蓄を覚えたりすることが苦手。楽しいライブに行ったときも、セトリを覚えていることはほとんどありません。

薀蓄,筆文字,書道,習字教室

↑仕事柄、「おー、この字面かっこいい!」という理由だけで書きました。他意はありません。

 

私の場合「いま目の前に起こっていることを五感にフルで感じる」ことに集中していると、だいたい語彙力って無くなっていくもので、あとでその出来事を振り返っても、

「あー、美味しかったなぁ」
「あー、楽しかったなぁ」
「あー、幸せだったなぁ」

という感覚しか残ってません。

でも、その感覚が残っていたら大満足なので、ワインや日本酒の銘柄とか産地とか味とか、ライブだったらどの順番でどの曲をやったか…とか、実際には覚えていません…というか覚える余力がありません。それほど私は器用じゃない。

(ワインの場合は、私が、教科書に出て来る哲学者や皇帝の区別がつかなくて世界史に挫折したくらいの「カタカナ」アレルギー持ちということに起因している可能性も大。)

物事の楽しみ方は人それぞれだと思うのですが、私の場合は、

自分はその場で楽しむことに全力を尽くす。
その場で(または後で)何か情報を補完したいときは、プロに委ねる。

知識を入れておくのに越したことはないこともあるだろうけど、頭がいっぱいになると、心から楽しむ余裕がどこかに行ってしまう気がする…というのも少しある。

そう。だから、撮影OKのライブに行ったとしても、実際には撮らないことが多いです。せっかく目の前に本人いるのに、何でファインダー越しで見ちゃってるんだろう、ここで肉眼で見なくてどうする…もったいない…と思ってしまったり。そもそも自分で撮ったものはクオリティも低いので、後で見た試しがない。

いくらスマホについているカメラの画質が上がったからとはいえ、プロのカメラマンが撮影した公式写真や映像は、その場の興奮や独特の空気感を蘇らせる力があるから、あとでSNSなどで写真や映像を見ると、その場の興奮や臨場感を見事に切り出していて感激したりするわけです。

 

また、お酒を飲む場合。
私は特定の銘柄の好みもない(というか何度聞いても覚えられない)ので、「甘い」「辛い」「スッキリ」「パンチが効いてる」くらいの選択肢から、その時の気分で組み合わせて頼みます。ここでも自分の語彙力のなさにへこむのだけど…。

こういうオーダーのしかたが正解かは分からないけど、そんな語彙力の中でも「これ美味しい!」というものを見つけられるのは楽しいし、繰り返し行ったお店で「これは、好き」「これは、あまり好きではない(もしくはどっちでもいい)」のストックがたまっていくと、こちらが好みを多くを語らずとも、お店の方が自分に合ったものを提供してくださったりする。

これぞプロ!とうなってしまうのです。本当にありがたいこと。

 

私のような仕事もそうだけど、あるジャンルに対して持っている知識や技術は基本的には一緒。でも、そこから先に何を見せられるかが、プロとしての腕の見せどころでもある。

だからこそ、提供する側は、日々の勉強は怠ってはいけないし、自分が活動するジャンル以外の分野の見聞や体験を積み重ねて、自分なりの色づけをしていく(=オリジナルを作る)必要があると思っています。

 

…が、これはあくまでも、自分が提供する側の話。

バーなんかで、

男「このワインはね、○○○産の×××で#%&$!*+@なんだよ」
女「わー、ステキっ!!(ハート)」

みたいに、男が悦に入っている場面を何度か見たことがあるけれど、(評論家やそれ相応の資格を持っていたり生業としている人以外は)ほんとに見ているこちらがツラい。

こういう会話の中で、その味が「好きかどうか」を語るのは全然気にならないんです。でも「知っているかどうか」の知識ひけらかし系は見ていて本当にツラい、イタい。

目の前にいるプロであるお店の人に失礼、お客さんがそれをやっちゃいかんよ、と。
こういう時こそ、プロであるマスターやバーテンさんなどと上手くコミュニケーションを取りながら、新しい情報を入れていく方が数段スマートだと思うんだけどなぁ。

あ、数ヶ月前には、大ヒット映画「ボヘミアン・ラプソディ」のおかげで「クイーン大好き」の年輩者が、映画を見てクイーンの音楽を聴くようになった若い子をマウンティングしている場面にも、飲み屋で何度か遭遇。

特に、年長者で自分の得意ジャンルを持っている人は、ついそうなりがちだから気をつけたい。自戒も込めて。

物事を知っているか(=知識)も大事だし、それによって楽しみが増えることも実際にあるけど、他の人から見聞きしたことや受け売りではなく、目の前で起きているその瞬間瞬間の体や心が躍る感覚も大事にしたい。自分が味わった体験だけが本当の情報だし、それにかなうものはないから。

「あの時のアレ、美味しかった!」
「ほら、ライブの終盤、あれ、ブワーッと来た!良かった!」

で、いいじゃないか。

ほとんどの会話を「アレ」とか「ソレ」で済ませようとするのは、加齢による現象の一つだというのも分かってるんですが(苦笑)
私がそんな発言をしている場面に出くわしたら「あー、この人幸せなんだな…」と、生温かく見守っていただけたら幸いです。

「MUST」ではなく「WANT」で動く

今日は、書道のはな*みち主催の「書道のお仕事説明会」に、ゲスト講師としてお招きいただき、今の仕事を始めた経緯、今のスタイルで仕事するためにどんな施策をしているか等々…お話してきました。

私は、書道を仕事にするのにあたり、当初から「レッスン」と「創作」両輪でやっていきたいという思いを抱いていましたが、今は特に以下の3つを意識しつつ、その両輪を動かしています。

1.好きなことからブレない(「MUST」ではなく「WANT」で動く)
2. 「書道」の枠の中でも、自分が心地よい仕事・得意な仕事へ絞り込んでいく
3.色んなところに面白がって種まきをする(各種SNS、リアル)

1.2.に関しては、ありがたいことに「こういう人に来てほしいなぁ」と思う方々が生徒さんとしていらっしゃっていますし、特に筆文字を書くお仕事では、就活時代に憧れていた業界の方とお仕事をする機会が得られるようになってきました。

3.に至っては、つい先日、Twitterでぽろっとしたツイートが、その日のうちに以下のニュースサイトに取り上げられるということもありました。

News Up  嵐と“オトナの思春期”NHK NEWS WEBより

Twitterの話に限らず「あさがおの種をまいたつもりなのに、ひまわりの花が咲いた!」というような、ビックリすることも日々の仕事ではままありますが、結果として自分にとっては全て良し!と思って対応しています。

正直なところ、私の現在地は、その両輪は競輪選手が漕ぐ自転車のようにビュンビュンにフル回転!というよりは、子供が補助輪なしでやっと自転車に乗れた!というイメージなので、「お前、まだまだ行けるやろ!」というジレンマも多々ありますが、道筋としてはこのままで大丈夫!という気持ちを持ちながら、日々精進しています。

そんな自分の現在地を確認する意味でも、今日の説明会はとても有意義なものでした。お招きくださった高宮先生、ありがとうございます。

説明会の様子は、主宰の高宮華子先生のブログで、詳細をご覧いただけます。

2月17日(日)の回は若干お席があるようなので、ご興味ある方はぜひエントリーを!

結局はやっぱり「基礎の積み重ね」が自分を成長させる

モンスターハンターというゲームをご存じでしょうか?

カプコンから発売されている、雄大な自然の中でモンスターを討伐するアクションゲームシリーズで、オンライン接続することで最大4人のチームを組んでモンスターに立ち向かうこともできる・・・というゲームです。

モンスターハンターとは?

会社員だった頃、社内でモンハンが流行していて、私も、PSPを片手に会社の同僚とチームを組み、お昼休みや仕事の後に度々狩りに出かけていました(狩りに出る=モンハンのゲームをすること)。

ゲームはとても楽しかったのですが、最大の欠点が、そもそも私のゲームスキルが異常に低かったのと、何をどうしたら強くなるのかあまり把握してなかったこと。

音ゲーやリズムゲーは比較的得意なので、感覚的に操作の仕方が分かったりするのですが、RPGやアクションゲームは、地図が覚えられないとか、自分がどこにいるか分からなくなるとか、「あんた、そこから?」というレベルの致命的なセンスの無さでした。でも「なんか楽しそう!」という雰囲気だけで遊んでたのだけど…。

そんな状況だったので、チームで戦う時は、私の戦力はゼロというよりは、足手まといになるためむしろマイナスになるという有様。よって、モンスターが現れた時は、私は基本狩りの場にいることはなく、

「目時さん、隣のフィールドで薬草取ってていいですよ♪」と言われ、

他のメンバーがモンスターの討伐を終えて、

「目時さん、終わったんで肉取りに来てください!」という声を聞くと、有難く報酬の肉の塊をいただく。

その時は「やった!アイテム増えた!」と嬉しい気分になるのですが、それが続くと、やはり少し後ろめたさが出てくるのです。

それも当然。結局は自分の努力ではなく、周囲の人のお膳立てによって引き上げてもらった場所だから。

基礎がない状態で外に放り出されて何も出来ずに立ち尽くし、いきなり上級アイテムをゲットしたところで、自分のレベルが追いついていなければ全く使いこなせない。当たり前ですが、土台が出来ていない状態で上のステージに駆り出されても、本来のゲームを楽しみ尽くすことは出来ないのです。

 

どうしてモンハンの話をしているのかと言うと、先日のレッスンのある出来事で、「やっぱり自分を成長させるには、基礎を固めて土台をしっかり作るのが大事!」と思った時に、ふと頭を過ぎったからなんですが…。

 

先日のペン字のレッスンで、生徒さんから、

「最初にやった『ショートコース』のテキストをもう一度やってもいいですか?」

という要望がありました。

当書道教室のペン字コースは、

体験レッスン(90分)を受けていただいた後に、

漢字・ひらがなの基礎中の基礎を学べるショートコース(60分×全6回)を受講していただき、

その後、基礎に加えて、バランス良い文章の書き方を学ぶ実用コース(60分×月2回)に進むのが通常の流れなのですが、

実用コースに入って数ヶ月経っているこの生徒さんは、ひらがなをもう一度徹底的に学びたいということで、一段階前に戻って、再度ショートコースのテキストに取り組むことにしました。

レッスンを継続していくのにあたって、新たな課題が見つかるということは、技術がかなり上がってきている証拠。自分のレベルが上がるに従って「もっとここをこうしたい…」というポイント(=アラ)が見えるようになってきます。

当教室では、基本のカリキュラムは用意していますが、生徒さんそれぞれのスピードで、各自が設定したゴールを目指すことを大事にしています。レッスン内容もその人に合わせてカスタマイズしていることが多いので、誰かと賞や段級を争うこともありませんし、隣の人や周りの人を見て「あの人は上手いけど私は…」などとあせる必要も全くありません。

この生徒さんは、モンハンに例えると、充分な装備と実力を身につけてから万全の体制で狩りに出かけたい!ということなので、その体制を整えるまでには多少時間はかかるかもしれませんが、これからの狩りはきっと楽しいものになる(=基礎固めによってレッスンの成果は必ず出る)はずです。

自分を成長させるための基礎固め、土台作りをするためには、

・目標を設定する(「基礎を固めた先に何をしたいか?どうなっていたいか?」を考える)
・正しい基礎を身につける(間違った型をひたすら100回繰り返すよりは、正しい型を10回やった方が身に付く)
・細く長くで構わないから、身につけた基礎を反復練習をする(型を体で覚える)

・基礎が無意識に出来るようになるまで(自転車に無意識で乗れるようになった感覚…になれたらシメたもの)

・基礎を身につけたと思っても、もっと良い方法があるはず!と常に模索する

…ということが大事だなぁと。自分への戒めも十二分に込めて。

書道教室,恵比寿,渋谷区,習字,美文字,ペン字

会社を辞める決断をするまでの1週間、何をしていたか?

先週公開された及川智恵さんのインタビュー企画「生き方辞典」。「読みました!」という声を多くいただきました。ありがとうございます。

【生き方辞典1】不安なんて、どこにいてもつきまとうのだから(書家/書道講師 目時白珠さん)

あんなに「会社が嫌だ」「逃げたい」「つらい」と連呼していたのに、意外と元会社関係の方々の反応が多かったりして、正直驚いております。今も気にかけていただいて嬉しいです。

 

「会社を辞める決断するまでの1週間」が結構大きくフォーカスされていますが、自分でも記事を読み直している中で、具体的にこの1週間をどのように過ごしたのか思い出してきたので、振り返ってみます。

 

以下、だいたい時系列順です。

 

■過去に言われて嬉しかったこと、心の中で引っかかっていたことを思い出した

自分が切羽詰まっている状況に思い出したのが、仕事をしている自分とは全く違う視点から見て「人から自分がどう見えているか?」ということだったような気がします。どうしてもこういう時は、自分のダメさ加減を責めて視野も狭くなりがち。なので、過去を振り返りながら「自分の良いところ探し」のようなことをしていました。だいぶ、現実逃避的ではありますが…。

その時にふと思い出したのが、数年前にグループ展に出品した作品を見た方に「これ仕事にしたらいいのに!」と言われたことや、実生活で字を褒められたり何かと役立つ機会が多かったことなど。なぜか書道に関することがほとんどでした。

また、インタビューにもあった、好きなことを仕事をしている方々との出会いや知人の死など、「自分の年齢」と「年齢に合った生き方」みたいなものを何となく天秤にかけていたのもこの時期です。

 

■SNSを始めた

ほぼ時を同じくして始めたのがSNS。自分の創作意欲がむくむくと湧いてきていた時期で、見ず知らずの人が作品を見たらどんな反応をするのかしら?という興味が出てきたのと、作品をアップしてみたら?という勧めもあり、TwitterとFacebookのアカウントを取りました。

当時は書道で仕事もしていなかったし、作品を見てもらう人と言えば、グループ展にいらっしゃった方以外は特になかった状況。でも、この前の年に、当時勤めていた会社で作品を展示する機会があり、色んな評価をいただいたのが面白かった…というのも、SNSを始めたきっかけになっていたかもしれません。

 

■小旅行に出かけて頭がからっぽになった

この頃、仕事がクソ忙しい時期だったのですが、週末に旅行に出かけています。確か1泊2日くらい。小高い山を登って、近隣の神社仏閣を訪ねる以外は、古民家の宿で畳に寝そべりながらただひたすら「ぼーっと」して、美味しいご飯とお酒を楽しんでいました。本当に頭がからっぽになりました。

 

■書道で何かやれるかも?と思い始めてリサーチ開始

旅行からの帰路、普通は「リフレッシュ出来たから、明日から仕事を頑張るぞ!」とか「会社行くのしんどいなぁ…」となるんでしょうが、からっぽになった頭の中に最初に入ってきたのが「もしかして、書道を通じて嬉しかったことや役立ったことって仕事になるのかなぁ?」ということ。帰路もケータイで何かしらリサーチしてたような。すぐに頭の中でシミュレーションが始まりました。

「これ仕事にしたらいいのに!」と言われた当時、「いやいや、仕事だなんて…」と思ったまま数年寝かせていたことが、このタイミングで日の目を見ることになるとは…。

 

■「気力」と「体力」と「お金」のバランスを考えた

書道を仕事にするからには「続ける」ことが前提なので、この3つは考えながらリサーチ&生活シミュレーションをしました。この時に、会社をスパッと辞めて専門学校に1年通ってから始めたら出来るかもしれない…!という目途が何となく立ったような。でも、今思うとかなり雑なシミュレーションです。会社辞めたいから、そっちの方に寄せた、都合の良い解釈が多々(苦笑)

3つのうち「極端にどれかが突出している」とか「極端に不足しているものを補完できる術がない」という状況だと、勢い良く始めても、途中でポキンと折れてしまうかもしれない…と思っていました。お金がなくても、気力と体力で乗り越えられるということもあると思うのですが、私は3つのバランスを考慮しました。

こればっかりは、たらればの話になりますが、私の場合は、あと10年遅かったら、体力と気力が持たずにキャリアチェンジ出来なかったかもしれないなぁ…と、ぼんやり思ったりします。

 

■とは言え、考え過ぎてもしょうがないから、結局「勢い」で決めた

最終的には「まぁ、考えてばかりいてもしょうがないし、あとは学校に通いながら決めればいっか!」という、根拠のない自信で腹を括って、会社を辞めることにしました。

 

以上、ここまでで、だいたい1週間です。

 

会社を辞めて書道の仕事をするという話を周囲にした時は、そもそも書道をしていることを知らない人が大半だったので「ぽかーん…」とされたことが多かったのですが、書道をしていることを知っている人からは、

・その方が向いている気がする
・今がしんどそうだったから、女性らしさがある仕事でかえっていいかも
・ほらね

など、大して驚きもなく、意外にも「まぁ、そうだろうね」という反応でした。こういう反応があったのは本当に有難いことなのですが、これも「何とかなるんじゃない?」という根拠のない自信に(良い意味で)さらに輪がかかっている要因だったりしますし、今もしんどいことは多々ありますが、仕事をしていく上での大きなモチベーションになっています。

出来事の一つ一つは体に衝撃が走るほどの大きなことではないけれど、それを拾うかスルーするかで道が分かれていたように思います。

こうやって振り返ると、誰にも相談せずに一人で決めたのは確かにそうなのですが、その伏線として、色んな人や出来事が関わっているおかげで今があるなぁ…と、本当に感謝しています。

 

が、このやり方はオススメできるものではありません。だいたい生活シミュレーションが相当雑だし、家庭がある人は様々な要因が絡まるでしょうし…。

実際にギアチェンジするタイミングは人によって全然違うと思います。私はたまたま40歳でしたが、20代かもしれないし、60代を過ぎてからやってくる人もいるかもしれない。また、会社にいながらにしてやれること、いっそのこと辞めてからやった方がいいこと、という選択肢もあると思います。

考え方や生き方が多様化している現代社会では、今の場所にとどまる選択以外にも、あらゆる可能性を消さずに別の選択肢も頭の片隅に少し置いておく、ということは大事なような気がしています。

そして、いざという時、論理的な部分だけに頼らず、気持ちや直観で「エイヤ!」で物事を決められる覚悟、気持ちの高ぶりを寝かせずに勢いを大事にして突き進む、ということがあっても良いのかもしれません。

 

【退】
私の場合は、今までの場所を退くことも、退路を断つことも大事だったんだと思います。

筆文字,現代アート,書道

ロックTも着物も「ストーリー」を着ている

あるファッションライターが書いた、「40代が似合わないTシャツはコレ!失敗しがちな真夏の痛カジュアル5選」という記事で、痛カジュアルの代表選手として「ロックT」が挙げられていたことで、記事が炎上しました。
(今なら「ロックT 40代」で検索すると、まとめサイトや炎上の顛末も色々と見られます)

ロックTもそれなりの数持っていて(今もじわりと増えている)着用することもある40代の私は、まさにこの記事にあるモデルの当事者。

記事を良く読むと、ロックを聴いたりバンドのファンでいることが悪いことではないという説明があるものの、「上品さや清潔感とは対極の位置にある」「10代~20代前半までしか許されない」「精神的に大人になりきれていない」といった、Tシャツを通して論じられるロックに対するイメージがステレオタイプすぎて、嘆息したのでした…。

とか書くと、冷静に分析しているように見えるけど、記事を読んで「何を!?」と少しピリッとした…いや、「ロックってぇのはそんな薄っぺらいもんじゃないんじゃ!好きなものを堂々と着て何が悪いんじゃ!%$&#(‘&|¥)」と、頭に血がのぼったのは事実。大人気ないです。すみません。

 

ちょっと話は変わって。

先日、実家に帰省していた時に、私が着物を度々着ているという話を耳にした母の友達から、帯をいただきました。

着物,帯

母のお友達からは、それぞれの帯を買った時のエピソードを伺ったり、母を交えて「昔は『裸にも帯』という言葉があった」という話、昭和40年代~50年代にかけて流行った絵羽織の話、嫁入りの時に仕立てた着物の話など、様々な話を聞くことが出来ました。

いつも、このような話を伺っていて良かったなぁと思うのは、着物に対する自分だけのストーリーが持てるということ。着物を着て仕事をする時に、着物のエピソードを周囲の人に語れたり、着物を着る=持ち主の思いを含めて身にまとっているという感覚は、既製品の服ではなかなか味わえないものです。

なぜこの話をしたのかと言うと、ロックTを着ている人と、縁のある人から譲っていただいた着物を着ている人は、どちらも

「ストーリー(想い)を着ている」

という点で共通していると感じたから。

私も、ファストファッションの服にも大変お世話になっていますが、これらの服でどれだけエピソードを語れるかというと、私はロックTや着物ほどは語れない。せめて、今年流行っているとか、好きな色だからとか、どこで買ったとか、値段が高い安いとか…同じ服を持っている人が共通して語れるエピソードが大半です。

ロックTは、それこそバンドに対する思いはもちろん、買った時のTシャツを見ると「あー、このツアーの時はあんなことがあったなぁ」というエピソードを思い出したり、単純にロックTを着ていると気分が上がるとか、好きな曲が頭で鳴るいう人も多いんじゃないでしょうか?

あとは、フェスなどに行くと、バンドTを着ていると「名刺代わり」にもなるという意味では、責任感もある。(「あのバンドTを着ているファンのマナーが悪い=そのバンドのイメージが悪くなる」ということも往々にあったりするので…。)

実はこの辺りの気の持ち方は、着物を着る時も結構共通していたりします。

着物には、先述したように、元の持ち主の人のエピソードや想いも含めて着ることもあります。亡くなった祖母の着物だったりすると「おばあちゃんも喜んでいるだろうか?」と想いを馳せるだけではなく、その思いを今に受け継ぐ責任感に似たようなものを感じることもあります。

Twitter界隈を中心にこの記事が炎上したのは、ロックTの見た目云々の話だけではなく、ロックに対する想いを侮辱されてたまるかっ!という要素も多かったんじゃないかと勝手に思っています。(実際に、私もこのネタで一つブログ書いちゃってるし。)

ただ、この記事で擁護する点があるとすれば、良く巷でも言われる「年を経るにつれて、生き方や性格、品性が顔に出る」というのは確かにあると思っていて、40代にもなると、生き方や品性が着こなしに出るのはあるなぁと思っています。

4月に見かける新入社員のスーツ姿が「着られている」状態になっているのは、単純にサイズや見た目の新しさという問題だけではなく、新たな環境と、その時の自分が合致していないというのも大きくて、その環境を生きる心構えや生活に慣れるに従って、徐々に服も馴染んでくるものだと思っているのですが…。

生き方、性格なども含めて自分に自信が持てていないと、確かに、記事にあるように40代にロックTに限らず、着たいと思う服を着こなせなくなっていくのかもしれないなぁと。

自分が好きなものを自信を持って好きだと言えて、プラス、ロックが好きな人にとっては、ロックな心を持ち続けていられるか(!)が、ロックTを着こなすポイントなのかも。ロックTは見た目のインパクトがあるものも多いですから、ロックTのパワーに負けて「着られてしまわない」確固たる自分を持っていることが大事なのだろうなぁ。

私は70代とか80代に生きていたら、サラッとロックTを着こなしながら、筆持ってドッカーンと大きな字を書きまくっているおばあちゃんになっていたいなぁ。そんな書家がいたら面白いしカッコいい(笑)そのためには、心技体を鍛えて日々精進です。

人間はカテゴライズされることで安心するけど、その枠を越えたところに、もっと自分の魅力を発揮するチャンスがある。

初めての試みの連続だった、及川智恵さん主催のイベント「マジメなアソビ」。お越しくださった皆さま、ありがとうございました。

イベント中のトピックスは、終了直後にツイートしたのですが、

書家にあるまじき展開…。

今回は、おひとりずつ占いセッションをしながら、

「誕生日から導く、あなたの味方になるインテリア書 ※ミニカルテ付き(仮)」を作るために必要な「言葉」や「色」をお伝えする…というのがメイン。

それ以外の時間は、アトリエにいる雰囲気でずっと字を書いていようと、色んな道具や資料も持参していたのですが、全く字を書くことなく終了しました。

イベント中、ほとんどの時間は、セッションしたり、書家になったきっかけを話したり、アート談義に花を咲かせたり…とにかく多くの方々と語り合うひとときでした。本当に楽しかった!

↑バラエティに富んだ展示の数々。

 

特に面白かったのは、セッションした方の多くが、

・占いが好きという訳ではない(むしろ、あまり信用していない)
・アートにすごく興味がある!大好き!という訳でもない
・…でも、「書道×占い」って、何か面白そうな気がする

という感覚を持たれていたこと。

「類は友を呼ぶ」じゃないですが、イベントに来てくださる方は、大なり小なり、出展者の個性のどこかに共鳴してくださっていたり、琴線に触れる部分があるのだろうと思っていて。

ということは、私たち出展者4人は「あまのじゃく」なのだろうか?と、ふと頭をよぎったのですが(笑)、色んな方とお話していて感じたのは、私たちのことを、

「カテゴライズしにくい場所に居るから、そこに面白さを感じてくれている」

のかもしれないなぁと。それが4人の共通点なのだろうし、智恵さんがお声がけくださったのも、そこに理由があったのかしら?と、勝手に思っています。

日本人は特定の枠にはめて物事を考えるのが好きと言われます。自分でもついやっちゃうけど、血液型もしかり、出身地もしかり。

占いも、「あなたの月星座は○○座だからこんなところがあって…」というカテゴライズをするもの。
自分自身を納得させたり、安心させるツールとして、大切なものだと思っていますが、その枠だけでその人を語ろうとしてしまっては、本当にもったいない。

途中から、セッションした方には、

「占いでは○○と出てはいるけど、やりたきゃ、やりゃあいいじゃん!」

という類の発言を何度か繰り返していたのですが、枠云々を越えたところに、その人の魅力であったり、チャンスがもっとあるんじゃないかと。

その自分の枠を越えるためには、他の人とお話をすること、意見を聞くことは大切だと思っています。それは、友人知人でもいいだろうし、それが嫌なら専門家でもいいし、今回のようなセッションでもいいかもしれない。

今回の「マジメなアソビ」でも私自身がそうだったのだけど、例えば、自分で自分の最大限の枠を「直径1m位の球体」だと思っていたとしたら、ある人は「1辺5mの立方体」だと思っているかもしれないし、また別の人は「お前は形に見えるとかそういうんじゃないレベルの存在なんだよ!」という驚きの見積もりをするかもしれない…。

自分が決めている枠は意外と小さくて、実際に色んな方とお話して、今回の「書道×占い」のインテリア書も、今後どう発展させるか?というヒントをいただけたりしたのも、本当にありがたかったです。

今は、個人で発信できる時代になったからこそ、その分チャンスがあるということ。仕事に関しても、例えば、

・ナントカ協会に入っていないと生き残れない
・どこかの事務所に所属していなければ売れない

みたいなことは、もう無くなってきてはいますが、情報量が多くなると、どんどん埋もれてしまい、まずは「知ってもらう」という機会すら持てなくなってしまう。

今回、サンドウィッチマンのネタのツカミの

「名前だけでも覚えて帰ってください」

じゃないけど、まずは、「こんなことをやっている人がいる」と、直に見てもらえる機会をいただけたことに、本当に感謝しています。ありがとうございます!

会いたい時に、会いたい人に、会いに行くべし!

5月5日(土・祝)に出展する「マジメなアソビ」の開催まであと3日。

5月5日(土・祝) GW1日限定企画「マジメなアソビ」に出展します

今回は、個展のような作品展示ではなく、インテリア書に関するセッション以外は、普段のアトリエ作業をそのまま持ち込む…という初めての経験をするので、そもそも「何をどのくらい持っていくか?」という見当がつかなくて、少々あたふたしております。

最近は、字のようで字に見えないようなものを書いたり、
書道,インテリア書,アート

チラシで折った紙ひこうきに字を書いたりしていることもあるので、
書道,現代アート

ふらっといらした時に、もし字を書いていなくて「紙ひこうき」を折っていたとしても、気にせず臆せず話しかけてください!話す勇気がなければ、遠くから生暖かく見守ってていただけるだけでも嬉しいです。

 

この「マジメなアソビ」。前のブログにも書きましたが、昨年私はお客さんとして行っておりました。主催をしている及川智恵さんのことは、当時、魅力翻訳家という肩書きで活動されている側面しか知らなかったので、写真の展示やワークショップがあるというのを知って、

「へぇ、智恵さんって、こういうこともしてるんだ、なんか面白そう!」

という、それはもう軽い理由で訪れたのでした。(智恵さん、「軽い理由」なんて言ってすみません…。)

このように、直感的に「なんか良く分かんないけど面白そう!」と思ったら、常識や先入観が入り込んでくる前に行動に移して、とりあえず会いに行ってみたらいいじゃん!と思う理由がいくつかあって。

 

■自分の可能性を広げるヒントがたくさんある

私は、特定の流派に属さずに書道の仕事をしているので、いわゆる書道の「師匠」がいません。

師匠の存在は自分を成長させるもの。いくら師匠がいないからと言って、人に頼らずに同じことをやろうと思っても限界がある。そんな時、自分の可能性が広がる人との出会いは、師匠との出会いのようなものなんだろうなぁ…と、いつも思っています。

自分が活動している分野で成功している人だけではなく、あえて、自分とは全く違う分野で活躍している人と接するのもオススメ。

本当に成功している人は、自分が属している業界全体を活性化したいという思いが強いので、基本的に、自分が得た利益を自分だけのものにしてしまおうという考えがなく、成功するための秘訣を惜しみなくシェアしてくれる人が多いです。

 

■自分のブランド力を客観的に知るチャンス

個人事業主として仕事を始めて特に感じることですが、仕事をしていく上で必要なのは、技術力とブランド力だと思っています。

特に、ブランド力をつけるには「自分を知ること」が本当に大事。

「自分を知る」作業を掘り下げて行く時には、自分が今まで出会った人や出来事など、経験したことの中から選んでしまいがちだけど、

豚肉、ニンジン、玉ねぎ、じゃがいも…これらの素材の良さを最大限に生かす料理は、「カレー」だよね!と自分が思っていたら、「いや、肉じゃがの方がもっと素材の良さが引き立つんじゃない?」という人もいるかもしれないし、「ポトフがいい」という人もいるだろうし、はたまた、誰も作ったことのない超美味しい創作料理を提案する人もいるかもしれない。

自分では考えつかなかった料理(=魅力、自分の活かし方)の存在に気づかせてもらえるのは、やはり自分ではなくて他人。

「えっ?私って、そういうこと出来そう?」というヒントが出てきたり、「へぇ、私はそう見られてたんだ!」という意外な発見もあるかもしれません。

実際に、私が今まで実施した講座やワークショップ、サービスは、この流れで決まったことが多いです。

 

■実はお仕事の縁も繋がりやすい

昨年の「マジメなアソビ」で出会った方々が、何人かレッスンに来てくださっています。

今は、ありがたいことに、SNSや検索などで見つけて来てくださる方も増えていますが、母数は違えど、確率で行けば、直接会った方との繋がりの方が、Web経由の何百倍とかになるんじゃなかろうか。

元々、智恵さんのイベントは人と繋がる率が高いというのもあるけれど、これってすごい確率だなぁと思っています。

それは、ブログやSNSの文章で伝えきれていないことが多いからじゃね?という、文章力などの問題もありつつ…使い古された言葉ではあるだけど「Face to Face」も、やっぱり必要。直接会うことでしか伝わらないことは、多いと思っています。

 

ということで、あと3日に迫った「マジメなアソビ」。
入場無料ですので、ご家族・お友達お誘い合わせの上、ぜひ遊びにいらしてください!

5/5(土・祝)今年も「マジメなアソビ」開催します!

気持ちがコントロールできれば、筆のコントロールもできる

毛筆のレッスンをしていると、同じお手本でも様々な書き方をする生徒さんがいらっしゃいます。

「字は心の表れ」と言われていたり、筆跡鑑定というジャンルが存在しているように、書いた字には、その人本来の性格や、その時々の調子・気分が存分に反映されるもの。

「今、○○な気持ちで書いてませんでした?」と問いかけると、
「あれ?バレました?」

という返事が生徒さんから返ってくるのがほとんど。それだけ、字から読み取れる情報は多く、その時の心理状況や性格的なものも意外と当たっていたりします。

これが「え?先生、占い師なの?」とか言われてしまう所以なのですが、
(占い師疑惑のエピソードは、以前の記事「気持ちが収まると字が収まる」をご覧ください)
今回は、生徒さんが書いた字や、生徒さんとの会話を通じて感じた、心理状況や性格的な特徴を挙げてみました。

自分に集中して字を書くことを通じて、自分の意外な一面が発見出来たり、普段の生活でより意識を向けた方が良いポイントが見えてくるかもしれません。

 

■後半に行くにしたがって、字が小さくなりメリハリがなくなる


スタートダッシュは良いものの、後半失速するタイプ。瞬発力は高いのに力の配分が上手くいかず、早い段階で力を使い切ってしまって、後半どうでもいいや…と思ってしまうことも。息を止めてゆっくり時間をかけすぎて書いている可能性もあります。書く時はリズム感とスピード感を大切に。

 

■最初は字が小さめだが、尻上がりに字のバランスが良くなる


スロースターター。エンジンがかかりにくく、調子が出るまでに時間がかかるタイプ。「能ある鷹は爪を隠す」じゃないですが、本来実力はあるのに、すぐに表に出し切れないままでいると、「ねぇねぇ、その爪いつ出すの?」ということになりかねません。
せっかく良い素質があるのですから、起筆(書き始め)も自信を持って思い切り良く、最初かパーン!と自分を表に出して書きましょう。

 

■全体的に字が小さい


慎重な性格の持ち主。または、何らかの理由で気持ちが萎縮していたり、自信をなくしていたり、疲れが出ている時期かもしれません。理性的で自分を抑えるクセがついていて、何かやらかして注意されるくらいなら、目立たずに大人しくしていようか…と思っている可能性も。とめ・はね・はらいも弱くなる傾向もあるので、一画一画書く度に、丹田に力を入れることをより意識しましょう。

 

■全体的に字が大きい


チャレンジ精神が旺盛ですが、後先考えない傾向が。思い切りが良いので、線質には勢いがありますが、はねが少々雑になりがちなのもこのタイプ。物事を始める前は、勢いに任せすぎず、周囲の状況を自分なりに少し整理して、一呼吸置いてからゆっくりスタートしましょう。内なるパワーは沢山ある人なので、最初から最後まで長く穏やかな力を出せるように意識しましょう。

 

■途中で諦めてしまう


完璧主義なところがあります。1ヶ所失敗してしまうと、もうこの結果はダメだと決め付けてしまって、勝負をしない傾向があります。まずは、結果はどうであれ最後まで続けることが大事。フィギュアスケートの選手がジャンプを失敗しても途中で辞めずに最後まで滑るのと一緒です。一度失敗したくらいで投げ出さず、平均値を上げていくことで結果を残すことも考えましょう。

 

筆には、などの動物の毛が3000本近く使われていると言われています。
書道は、これらの3000本もの毛を総動員して、太さ細さなどをコントロールし、色々なところに気を配りながら書く訳ですから、本当に大変な作業です。字の美しさを保つために、少々の失敗にも動じない心や、最後まで作品を書き続ける持久力などなど…身につけておきたいことは沢山あります。

書工房しら珠のレッスンでは、書く前にゆっくりと墨を磨る時間を設けています。これは、自分なりに気持ちを整理し、落ち着いた精神状態で字を書けるようにするため。墨を磨りながら仕事のグチが出てしまうこともありますが(笑)それもベストな状態で書道に取り組むための大切な準備だと考えています。

数年前から話題になっている、マインドフルネスや禅の思想にある「今、ここに集中する」ことで、自分がどんな感情を抱いているか、その心理状態などを観察することができ、ネガティブな感情に気づいて修正することもできます。
自分の感情を見つめることは、普段はつい見逃してしまいがちですが、この繰り返しが、心の安定や自分の本来の力を出すことにも繋がります。

私も、作品制作の時は、途中で「あ゛ーっ、違う!」と放り出したり、書いた字を見て「気持ちが全然入ってない」など良くやらかしているので、大それたことは本当に言えないのですが…。

日常生活において自分の力を100%出し切る訓練、自分の感情をコントロールする訓練には、やはり書道はオススメです。

その訓練は、書工房しら珠の「趣味・実用コース」と「趣味・創作コース」で!

書道教室〜趣味・実用コース/趣味・創作コース〜


自分の引き出しからは、何を引っ張り出して使ってもいいじゃないか、人間だもの。

5月5日(日・祝)雑食系フリーランス及川智恵さん主催の「マジメなアソビ」に出展することになりました。

昨年、私は「マジメなアソビ」にふらっと遊びに行っていた側だったのに、今年は出展することになるなんて!

まさかのお声がけにビックリしたのですが、「新しいことに挑戦したそうなことがある」人に声をかけていたそうで。

 

んもう、智恵さん。
私が次の一手をどう打とうか…と悶々とした思いをキャッチしてくれている!何という絶妙なタイミング。

 

ということは、いよいよアレを試す時が来たってことだよ( ̄ー ̄)ニヤリ

 

1~2ヶ月ほど前から、SNSではこっそり実験的にアップしていた、

「誕生日から導く、あなたの味方になるインテリア書 ※ミニカルテ付き(仮)」

書道,インテリア書,アート

※これは私の誕生日(1976年1月22日)から導き出した「色」「数字」「言葉」で作っています。

 

以前から、「書道」×「ホロスコープ」の掛け合わせで、何かが出来ないかなぁ…と思っていたのですが、やっと形に出来る時が!

 

私は、数年前に「人は千差万別である」ということを知るためのツールとして、ホロスコープの勉強し始めたのですが、始めてみたら、自分のことを知るのも本当に楽しくて(時には、大いなるガッカリも経験しましたが…)

「そりゃ人は全然違うもんだから、仕方ないよね」
「みんな違うから面白い、ってぇこともあるもんなんだね」

と、全力で肯きながら勉強を続けてきました。

 

元々は、自分を納得させるためだけの勉強だとしか思っていなかったものの、ホロスコープをやっているという話をポロッとすると、意外と面白がってくれる人もいるもので…。

ここ2~3年は、バーでお客様相手に占いさせてもらったり、こっそり占いのブログを上げていたり(今は閉じちゃいましたが)、ご要望があれば教室の生徒さんも見させていただいたりしていました。

 

自分の引き出しの中に知識として入れっぱなしで、取り立てて表に出さなくても…と引っ込めていたものでも、いざ表に出してみると、

「あら!あんな場面でもこんな場面でも役に立つの!?」

という経験が少しずつ増えたりして。

 

ということは、趣味だ仕事だと分けたりしなくたって、自分の中にあるものは何を使っても良いんじゃね?と思うようになり、今回チャレンジすることにしました。

 

今回のインテリア書は、ホロスコープとはちょっと違うアプローチですが、生年月日から導き出した「色」「数字」「言葉」で、あなただけのオリジナル作品を作ります。

 

これから数年間は、誰もが飛びつく万人受けするマス向けのものよりも、

「他の人がどう思おうと知ったこっちゃない」
「自分が好きなものは好きなんじゃ!」

というように、一見すると他人には理解されにくいもの、よりマニア度の高いもの、自分にだけ合うもので自分自身を満たすことがテーマになっていきます。

 

普段の居場所も、いかに自分が心地良い空間づくりが出来るかが大事になってくるので、そこに、自分を味方にできる作品を飾れたら最高なんじゃないか!?…と思っております。

 

事前のご予約は不要なので、ぜひ遊びにいらしてください!
インテリア書に関する詳細はこちら

 

また、開催時間中は、インテリア書制作に関わるセッション以外は、資料やら道具を色々持ち込んで、半分はアトリエにいる気分で、ただひたすら何かしら書いてると思います。

 

何を書くかはその日にならないと分からないですが、お茶飲みながら、私が書いている様子を見たり、作品についてあれやこれやお話する機会が出来たら良いなぁと思っています。

昨年はちょっと顔出したほんの短い時間でもたくさんの出会いがあって、レッスンに来てくださる方がいたり、作品を購入して下さったり…と、数珠繋ぎでご縁が繋がっております。

とても居心地が良い空間だったので、今年もそんな空間作りに貢献出来たら嬉しいです。

 

日時:2018年5月5日(土・祝)11:00~17:00
場所:レンタルスペース テポニティー
東京都世田谷区代田3-42-7 1階(小田急線 世田谷代田駅より徒歩5分、梅ヶ丘駅より徒歩7分、京王井の頭線 新代田駅より徒歩10分)
料金:入場無料(物販、セッション、ワークショップ等は有料)

参加方法:原則として申込不要です。お好きな時間にふらりとお越しくださいませ。
※一部セッションやワークショップは事前予約が必要な場合があります。

「なんか違う」と思ったら、その違和感を言語化する

レッスン中、私が添削をするために、朱墨を付けた筆を持って生徒さんにじわりじわりと近づいていくと、生徒さんが残念そうな表情を浮かべて、私のことを見ながらこう言います。

「先生、上手く行きませんでした。なんかバランスが悪いんですよね…。」

うん、確かに。お手本と見比べると、どこか違和感がある…。

 

でも、この「なんかバランスが悪い」と思ってしまう「違和感」について、具体的に

「どこがどのようにバランスが悪いと思います?」

と聞いてみると、

「ん~…」

と黙り込んでしまう。

 

書道に限らず、「なんか違う」んだけど、それが何かが分からない…でも、モヤモヤして伝えられない…という経験ありませんか?

私もあります。書道のレッスンでは、その違和感を的確に伝えられるのに(仕事だから、出来なければ逆にマズい)、普段の生活では、「んあ゛ーーっ!」と心の中で謎の叫びをしたりとか、言葉に出来ないモヤモヤがたまることも度々。

「なんか違う」と思うことはとても大切。でも、そこからもう一歩踏み込み、「なんか違うこと」を掘り下げて、その違和感を言語化することは、もっと大切だと思っています。

 

ここで、サンプルを一つ。

一番左に書いてある【春】という字のお手本と、①と②の【春】の違いを見比べてください。
お手本と見比べて、変だな?と思うところはどこかを説明してみましょう。

書道教室,恵比寿,美文字,筆ペン,ペン字,習字

答えは、ブログの最後に!

 

字が上達するためには練習量も必要ですが、この違和感の正体をつかむことなく「なんとなく書けていない」状態を抱えたまま、ただ闇雲に書く枚数を重ねても、あまり意味はありません。

私のレッスンでは、この「違和感の正体を明らかにする」ために、どこがお手本と違うのかを、生徒さんの口から出来るだけ具体的にお話してもらうようにしています。
(というより、最近は、添削する前に「ここがお手本と比べて△△だったのでダメでした…」と的確におっしゃってくださる生徒さんの方が増えていて、心の中でニヤリとしています。)

つい、朱墨や赤ペンで先に添削したくなってしまうのですが、一方的に違いを指摘するよりも、生徒さん自らが言語化した方が、自分で点や線の位置関係を論理的に考えることが出来るようになり、身につくスピードが早まります。

まずは「自ら違いに気づくこと」を大切に、その気づきをサポートするのが講師の役割だと思って、レッスンをしています。

 

「違和感を言語化する」と一口に言っても、自分にしっくり来る適切な言葉を引っ張り出すためは、経験や語彙力、何か別のものに例えるための幅広い知識なんかも、きっと必要で。

日常生活の様々な場面でモヤモヤした状況があった時に、「そう!これよ、これ!」というスッキリと晴れ晴れした気持ちまで、自分の力だけで持っていくのは、難易度の高い作業な気がします。

字を何とかしたいけど、自分ではどうしたら良いか分からない時に、私たちのような書道講師がいるように、何とかしたいと思っても答えを出せない時は、どんどん人やモノの力を借りるのがオススメ。

気の置けない友人でも良し、友人に知られたくなかったり、面倒なことに巻き込んでいるようでイヤだなぁ…という場合は、第三者となるプロの講師やカウンセラーなどでも良いでしょう。相談することがそもそも面倒であれば、音楽や本やアートに触れることで、解決に向けてのヒントが得られることもあるかもしれません。

カウンセラーや講師という名のつく人であったり、作家やシンガーソングライターなど、表現をする人は「違和感を言語化する」ことで「心のモヤモヤを解消する」のも仕事の一つ。カウンセリング、指導、音楽、小説、エッセイなどは、「そうそう!私もこれが言いたかったんだよ!」という気持ちを得るためのサポートをする役割も担っていると思っています。

いきなり自分で言語化することが難しかったら、誰かが言ってくれている「違和感」に対して、共感することがまず第一歩。

日常生活で、相手に「なんとなく」伝えたことで誤解を与えてしまったり、面倒だから言うのをやめてしまったがために、更にモヤモヤするような出来事が自分に跳ね返ってきたりすることも、この「違和感を言語化する」力をつけることで少なくなるかもしれません。自分への大いなる戒めも込めて…。

 

<答え>
① 1画目~3画目、横画の線3本の長さが全て同じ、線の方向がすべて一緒(線にそりや伏せがなく、全て右上がり)
  左はらいと右はらいの角度が狭くて、下に伸びすぎている
  右はらいの最後、右へのはらう前に角度が変わっていない
  6画目~9画目、「日」の形が、ほぼ正方形になっている

② 全体的に線が細すぎる
  1画目~3画目、横画の線3本の長さが同じ、空間があきすぎていて、3本とも線がまっすぐ(線にそりや伏せがない)
  4画目の筆を置く角度が違う(穂先が左上ではなく、右上を向いている)
  左はらいと右はらいの角度が狭くて、下に伸びすぎている
  6画目~9画目、「日」の形が、横長の長方形になっている

「毎日後悔しない生き方してる?」と問いかけられた日々から感じていたこと

今日で震災から7年。

あの震災をきっかけに価値観が180度ガラリと変わり、すぐに様々な行動を起こした人がたくさんいました。結婚した人もいれば(震災婚という言葉もありましたね)離婚した人もいたし、東北から離れて移住する人もいれば、逆に東北を元気にするために!と、UターンやIターンで起業した人も…。

私は、あの頃、震災を巡る様々な状況を見聞きしながらも、

「自分が後悔しない生き方をしてるかい?」

と、毎日どこかの誰かに問いかけられながら、ボディブローのようにブスブスと体を突かれているような日々でした。

自分の中で「どんがらがっしゃん」と何かの価値観が一気に崩れた訳ではなかったけれど、重たいヘドロのようなものに足元からジワリジワリと浸食されるというか、蝕まれていくような感覚。

 

仕事に関して言うと、当時会社員だった私は、書道を趣味でやっていたものの「おばあちゃんになってから、地元に帰ってのんびり、小さい子に教えたりしながら仕事としてやれたら幸せね…」なんて呑気に構えていました。

あれから7年経っての現在地がここだなんて、当時は全く想像していなかった。

でも、震災以降、「会社の中の自分」という枠を取っ払ったときにでも「これが私です!」と、名刺代わりに自信を持って差し出せるものって何も無いかもしれない…という焦りのようなものは感じていました。自分の存在価値が欲しかったと言ってしまえばそれまでですが。

 

私にとって、書道は手放しで「大好きっ!」と言えるような類のものではなく、「出来なくて悔しい!」「何とか出来るようになりたい!」という気持ちで続けてきたこと。

いや、好きであることには変わりはないのだけど、キラキラした感じではないんだよなぁ。どうしても泥臭さが付きまとう。

書道を仕事にしよう!というのも、ほぼ直感的に決めたものではあるけれど、今思うと、書道を通じて培った「自分の成長の証」や「自分の価値」を提供して、人の役に立ちたい、という思いが日に日に強まった結果なのかもしれません。

 

書道を仕事にすることを、まだ先のことだと呑気に構えていたあの頃からすると、本当に仕事になった時期はだいぶ早まったけど、

「自分が後悔しない生き方をしてるかい?」

というボディブローは減り、足元にへばりついていたヘドロも綺麗になってきたような気がします。だいぶ心はスッキリ。

 

その代わり。日々作品や筆文字を書いていると、

「お前の実力はそれほどのもんか!」
「まだまだ書けるんじゃないんかぁ?こらぁ!」

と、もう一人の自分なのか妄想なのか、何なのかもはや分かりませんが、ボディブローというよりは豪快にアッパーカットを決められて、「あー、ごめんなさいっ!」てなることは、それはもう多々あります。早い話がダメ出し。

(この状態を放ったままにしておくと、ただの自己嫌悪の塊になるので、書き終えた後は、今日も一日頑張って書いた!と自分を褒めることにしていますw)

何かに追われたり浸食されたりするような心理状況は、基本的にはあまり変わっていないけれど、目指すものが明確になったという点では、あの頃とはステージが変わったというか、一皮向けたのだろうと前向きに捉えています。

 

仕事は、需要と供給で成り立つものですから、私の場合、私が書いた字やメソッドなどに、何らかの価値を感じてくださっている方がいるからこそ仕事として成立できています。今の環境やタイミングも含めて、本当にありがたいことです。

近江商人の「三方よし」みたいに、せっかく出会ったご縁なのだから、自分も相手も社会全体も、何やかんや大変なことがあっても、お互いが上手く循環して、最終的にはお互いが笑顔で仕事が終われた方が良いに決まってる。

その良い循環を生む為には、日々自分の価値をどんどん上げて行かなければと思います。

これからは、自分が好きなことや面白いなぁと思う業界で、自分の価値が生かせて、「自分が役に立てること×自分が好きなこと」の掛け合わせで仕事が出来たら最高!様々な形で、私の字がお役に立てたら、この上なく嬉しいです。

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