Twitter新企画「#名字に良く使われる漢字40選」は、こうして生まれた!

私は、Twitter、Facebook、Instagramをやっていますが、各SNSに同じ内容を投稿することも度々あります。

元々、各SNSで繋がっている人達が全く違う…ということもありますが、私の場合「いいね!」やRT、シェアが多いのは、以下のような内容。

Twitter趣味・地元ネタ
Facebook個人アカウント作品の写真やレッスンの様子
Facebookページ全体的に反応薄め
Instagram楷書・行書や作品の写真(特に海外)

SNSによる反応の違いは面白いんですが、それぞれの特徴をもっと上手く生かす方法はないだろうか…と常日頃から考えていました。

一方で、何か新しいことをしたい!という気持ちはむくむくと湧いていました。形にしたいなぁと思っていたのは以下の3つ。

①自分の名前を気軽に練習できる方法を提供したい!

ご祝儀袋へお名前を書くレッスンで、生徒さんが「この部分が苦手」と言っている字や、 名前の添削でつい「ココのバランス悪くて残念…」と思ってしまう字には、共通点があります。

そこで昨年
・名字に良く使われる漢字 40個
・男性の名前に良く使われる漢字 20個
・女性の名前に良く使われる漢字 20個

を選んでペン字のお手本を書き、バランスを崩しやすいポイントをまとめていましたが、レッスンで使うきっかけがないまま放置…。

②以前バルセロナでやったあの企画を復活させたい!

3年前にバルセロナへ一人旅をした時に、路上でやったこの企画。外国人の反応がとても良かったので、海外向けコンテンツとしていつか動画で復活させたいと思っていました。英語できないけど…。

でも、頭の中でぼんやり思ったまま、これも放置。

③YouTuberになりたい!

というと大げさですが、動画コンテンツを作ろうと思っていました。字を書く時は、形だけではなく、スピード感・リズム感も大事なので、書いている様子は画像よりも動画で見せた方が良いはずというのがその理由。

また、最近、お悩み解決の検索はGoogleよりもYouTubeという話も良く耳にしていました…で、先月1000円位のスマホスタンドを買ったのですが、 キレイに動画を撮る方法も分からんし、いきなりYouTubeはハードル高いかも…と、これも何となく放置。

と、何一つ実現できていない状態でした。

そんな時、Twitterのタイムラインに飛び込んできたのが、
かさこさん主催、Twitterフォロワー10万人のパーソナルトレーナー柴雅仁さんによるお話会。

かさこさんは、1000名超のリアル&オンラインサロン「好きを仕事にする大人塾=かさこ塾」を主宰。

柴さんのフォロワー10万人は数か月で増えたそうで、 フォロワーを買わずに(笑)短期間でここまで増やせるってどういうこと!?

これは何かヒントが得られるかもしれない!と、即申し込みました。

二人合わせてフォロワー13万人という最強コンビに、いくつかのコツを教えていただいたのですが、特に響いたのが

・定期的にお悩み解決のツイートをする
・Twitter映えする画面の見せ方をする
・動画を活用する


ということでした。

…これで私の悩みが全部解決する!!!

と思い、帰宅後すぐ、お話会で紹介されていたアプリで動画撮影&編集をして、柴さんのTwitterの見せ方を参考にしながら公開したツイートがこちら↓

https://twitter.com/metokihakuju/status/1131473506061901824

お二方がRTしてくださったおかげで動画は16,000回以上再生され、翌日から新企画をスタート。

今のところ1日1本ペースで動画を更新していますが、この1週間でフォロワーさんが6倍近く(400人→2300人)にまで増えております(驚)

急な展開で驚いていますが、温めていた企画がやっと日の目を見ました。
今の仕事を始めて3年。少しずつ蓄積してきたノウハウを大きく育てるきっかけが出来たことに本当に感謝しています。

かさこさん、柴さん、ありがとうございました!

只今Twitterで絶賛公開中!
#名字で良く使われる漢字40選
是非チェックしてみてください!

この後は
#男性の名前に良く使われる漢字20選
#女性の名前に良く使われる漢字20選

もちろんやります!

その後には、バルセロナのあの企画の復活も!?

「MUST」ではなく「WANT」で動く

今日は、書道のはな*みち主催の「書道のお仕事説明会」に、ゲスト講師としてお招きいただき、今の仕事を始めた経緯、今のスタイルで仕事するためにどんな施策をしているか等々…お話してきました。

私は、書道を仕事にするのにあたり、当初から「レッスン」と「創作」両輪でやっていきたいという思いを抱いていましたが、今は特に以下の3つを意識しつつ、その両輪を動かしています。

1.好きなことからブレない(「MUST」ではなく「WANT」で動く)
2. 「書道」の枠の中でも、自分が心地よい仕事・得意な仕事へ絞り込んでいく
3.色んなところに面白がって種まきをする(各種SNS、リアル)

1.2.に関しては、ありがたいことに「こういう人に来てほしいなぁ」と思う方々が生徒さんとしていらっしゃっていますし、特に筆文字を書くお仕事では、就活時代に憧れていた業界の方とお仕事をする機会が得られるようになってきました。

3.に至っては、つい先日、Twitterでぽろっとしたツイートが、その日のうちに以下のニュースサイトに取り上げられるということもありました。

News Up  嵐と“オトナの思春期”NHK NEWS WEBより

Twitterの話に限らず「あさがおの種をまいたつもりなのに、ひまわりの花が咲いた!」というような、ビックリすることも日々の仕事ではままありますが、結果として自分にとっては全て良し!と思って対応しています。

正直なところ、私の現在地は、その両輪は競輪選手が漕ぐ自転車のようにビュンビュンにフル回転!というよりは、子供が補助輪なしでやっと自転車に乗れた!というイメージなので、「お前、まだまだ行けるやろ!」というジレンマも多々ありますが、道筋としてはこのままで大丈夫!という気持ちを持ちながら、日々精進しています。

そんな自分の現在地を確認する意味でも、今日の説明会はとても有意義なものでした。お招きくださった高宮先生、ありがとうございます。

説明会の様子は、主宰の高宮華子先生のブログで、詳細をご覧いただけます。

2月17日(日)の回は若干お席があるようなので、ご興味ある方はぜひエントリーを!

会社を辞める決断をするまでの1週間、何をしていたか?

先週公開された及川智恵さんのインタビュー企画「生き方辞典」。「読みました!」という声を多くいただきました。ありがとうございます。

【生き方辞典1】不安なんて、どこにいてもつきまとうのだから(書家/書道講師 目時白珠さん)

あんなに「会社が嫌だ」「逃げたい」「つらい」と連呼していたのに、意外と元会社関係の方々の反応が多かったりして、正直驚いております。今も気にかけていただいて嬉しいです。

 

「会社を辞める決断するまでの1週間」が結構大きくフォーカスされていますが、自分でも記事を読み直している中で、具体的にこの1週間をどのように過ごしたのか思い出してきたので、振り返ってみます。

 

以下、だいたい時系列順です。

 

■過去に言われて嬉しかったこと、心の中で引っかかっていたことを思い出した

自分が切羽詰まっている状況に思い出したのが、仕事をしている自分とは全く違う視点から見て「人から自分がどう見えているか?」ということだったような気がします。どうしてもこういう時は、自分のダメさ加減を責めて視野も狭くなりがち。なので、過去を振り返りながら「自分の良いところ探し」のようなことをしていました。だいぶ、現実逃避的ではありますが…。

その時にふと思い出したのが、数年前にグループ展に出品した作品を見た方に「これ仕事にしたらいいのに!」と言われたことや、実生活で字を褒められたり何かと役立つ機会が多かったことなど。なぜか書道に関することがほとんどでした。

また、インタビューにもあった、好きなことを仕事をしている方々との出会いや知人の死など、「自分の年齢」と「年齢に合った生き方」みたいなものを何となく天秤にかけていたのもこの時期です。

 

■SNSを始めた

ほぼ時を同じくして始めたのがSNS。自分の創作意欲がむくむくと湧いてきていた時期で、見ず知らずの人が作品を見たらどんな反応をするのかしら?という興味が出てきたのと、作品をアップしてみたら?という勧めもあり、TwitterとFacebookのアカウントを取りました。

当時は書道で仕事もしていなかったし、作品を見てもらう人と言えば、グループ展にいらっしゃった方以外は特になかった状況。でも、この前の年に、当時勤めていた会社で作品を展示する機会があり、色んな評価をいただいたのが面白かった…というのも、SNSを始めたきっかけになっていたかもしれません。

 

■小旅行に出かけて頭がからっぽになった

この頃、仕事がクソ忙しい時期だったのですが、週末に旅行に出かけています。確か1泊2日くらい。小高い山を登って、近隣の神社仏閣を訪ねる以外は、古民家の宿で畳に寝そべりながらただひたすら「ぼーっと」して、美味しいご飯とお酒を楽しんでいました。本当に頭がからっぽになりました。

 

■書道で何かやれるかも?と思い始めてリサーチ開始

旅行からの帰路、普通は「リフレッシュ出来たから、明日から仕事を頑張るぞ!」とか「会社行くのしんどいなぁ…」となるんでしょうが、からっぽになった頭の中に最初に入ってきたのが「もしかして、書道を通じて嬉しかったことや役立ったことって仕事になるのかなぁ?」ということ。帰路もケータイで何かしらリサーチしてたような。すぐに頭の中でシミュレーションが始まりました。

「これ仕事にしたらいいのに!」と言われた当時、「いやいや、仕事だなんて…」と思ったまま数年寝かせていたことが、このタイミングで日の目を見ることになるとは…。

 

■「気力」と「体力」と「お金」のバランスを考えた

書道を仕事にするからには「続ける」ことが前提なので、この3つは考えながらリサーチ&生活シミュレーションをしました。この時に、会社をスパッと辞めて専門学校に1年通ってから始めたら出来るかもしれない…!という目途が何となく立ったような。でも、今思うとかなり雑なシミュレーションです。会社辞めたいから、そっちの方に寄せた、都合の良い解釈が多々(苦笑)

3つのうち「極端にどれかが突出している」とか「極端に不足しているものを補完できる術がない」という状況だと、勢い良く始めても、途中でポキンと折れてしまうかもしれない…と思っていました。お金がなくても、気力と体力で乗り越えられるということもあると思うのですが、私は3つのバランスを考慮しました。

こればっかりは、たらればの話になりますが、私の場合は、あと10年遅かったら、体力と気力が持たずにキャリアチェンジ出来なかったかもしれないなぁ…と、ぼんやり思ったりします。

 

■とは言え、考え過ぎてもしょうがないから、結局「勢い」で決めた

最終的には「まぁ、考えてばかりいてもしょうがないし、あとは学校に通いながら決めればいっか!」という、根拠のない自信で腹を括って、会社を辞めることにしました。

 

以上、ここまでで、だいたい1週間です。

 

会社を辞めて書道の仕事をするという話を周囲にした時は、そもそも書道をしていることを知らない人が大半だったので「ぽかーん…」とされたことが多かったのですが、書道をしていることを知っている人からは、

・その方が向いている気がする
・今がしんどそうだったから、女性らしさがある仕事でかえっていいかも
・ほらね

など、大して驚きもなく、意外にも「まぁ、そうだろうね」という反応でした。こういう反応があったのは本当に有難いことなのですが、これも「何とかなるんじゃない?」という根拠のない自信に(良い意味で)さらに輪がかかっている要因だったりしますし、今もしんどいことは多々ありますが、仕事をしていく上での大きなモチベーションになっています。

出来事の一つ一つは体に衝撃が走るほどの大きなことではないけれど、それを拾うかスルーするかで道が分かれていたように思います。

こうやって振り返ると、誰にも相談せずに一人で決めたのは確かにそうなのですが、その伏線として、色んな人や出来事が関わっているおかげで今があるなぁ…と、本当に感謝しています。

 

が、このやり方はオススメできるものではありません。だいたい生活シミュレーションが相当雑だし、家庭がある人は様々な要因が絡まるでしょうし…。

実際にギアチェンジするタイミングは人によって全然違うと思います。私はたまたま40歳でしたが、20代かもしれないし、60代を過ぎてからやってくる人もいるかもしれない。また、会社にいながらにしてやれること、いっそのこと辞めてからやった方がいいこと、という選択肢もあると思います。

考え方や生き方が多様化している現代社会では、今の場所にとどまる選択以外にも、あらゆる可能性を消さずに別の選択肢も頭の片隅に少し置いておく、ということは大事なような気がしています。

そして、いざという時、論理的な部分だけに頼らず、気持ちや直観で「エイヤ!」で物事を決められる覚悟、気持ちの高ぶりを寝かせずに勢いを大事にして突き進む、ということがあっても良いのかもしれません。

 

【退】
私の場合は、今までの場所を退くことも、退路を断つことも大事だったんだと思います。

筆文字,現代アート,書道

会いたい時に、会いたい人に、会いに行くべし!

5月5日(土・祝)に出展する「マジメなアソビ」の開催まであと3日。

https://www.metokihakuju.com/news/event20180505/

今回は、個展のような作品展示ではなく、インテリア書に関するセッション以外は、普段のアトリエ作業をそのまま持ち込む…という初めての経験をするので、そもそも「何をどのくらい持っていくか?」という見当がつかなくて、少々あたふたしております。

最近は、字のようで字に見えないようなものを書いたり、
書道,インテリア書,アート

チラシで折った紙ひこうきに字を書いたりしていることもあるので、
書道,現代アート

ふらっといらした時に、もし字を書いていなくて「紙ひこうき」を折っていたとしても、気にせず臆せず話しかけてください!話す勇気がなければ、遠くから生暖かく見守ってていただけるだけでも嬉しいです。

 

この「マジメなアソビ」。前のブログにも書きましたが、昨年私はお客さんとして行っておりました。主催をしている及川智恵さんのことは、当時、魅力翻訳家という肩書きで活動されている側面しか知らなかったので、写真の展示やワークショップがあるというのを知って、

「へぇ、智恵さんって、こういうこともしてるんだ、なんか面白そう!」

という、それはもう軽い理由で訪れたのでした。(智恵さん、「軽い理由」なんて言ってすみません…。)

このように、直感的に「なんか良く分かんないけど面白そう!」と思ったら、常識や先入観が入り込んでくる前に行動に移して、とりあえず会いに行ってみたらいいじゃん!と思う理由がいくつかあって。

 

■自分の可能性を広げるヒントがたくさんある

私は、特定の流派に属さずに書道の仕事をしているので、いわゆる書道の「師匠」がいません。

師匠の存在は自分を成長させるもの。いくら師匠がいないからと言って、人に頼らずに同じことをやろうと思っても限界がある。そんな時、自分の可能性が広がる人との出会いは、師匠との出会いのようなものなんだろうなぁ…と、いつも思っています。

自分が活動している分野で成功している人だけではなく、あえて、自分とは全く違う分野で活躍している人と接するのもオススメ。

本当に成功している人は、自分が属している業界全体を活性化したいという思いが強いので、基本的に、自分が得た利益を自分だけのものにしてしまおうという考えがなく、成功するための秘訣を惜しみなくシェアしてくれる人が多いです。

 

■自分のブランド力を客観的に知るチャンス

個人事業主として仕事を始めて特に感じることですが、仕事をしていく上で必要なのは、技術力とブランド力だと思っています。

特に、ブランド力をつけるには「自分を知ること」が本当に大事。

「自分を知る」作業を掘り下げて行く時には、自分が今まで出会った人や出来事など、経験したことの中から選んでしまいがちだけど、

豚肉、ニンジン、玉ねぎ、じゃがいも…これらの素材の良さを最大限に生かす料理は、「カレー」だよね!と自分が思っていたら、「いや、肉じゃがの方がもっと素材の良さが引き立つんじゃない?」という人もいるかもしれないし、「ポトフがいい」という人もいるだろうし、はたまた、誰も作ったことのない超美味しい創作料理を提案する人もいるかもしれない。

自分では考えつかなかった料理(=魅力、自分の活かし方)の存在に気づかせてもらえるのは、やはり自分ではなくて他人。

「えっ?私って、そういうこと出来そう?」というヒントが出てきたり、「へぇ、私はそう見られてたんだ!」という意外な発見もあるかもしれません。

実際に、私が今まで実施した講座やワークショップ、サービスは、この流れで決まったことが多いです。

 

■実はお仕事の縁も繋がりやすい

昨年の「マジメなアソビ」で出会った方々が、何人かレッスンに来てくださっています。

今は、ありがたいことに、SNSや検索などで見つけて来てくださる方も増えていますが、母数は違えど、確率で行けば、直接会った方との繋がりの方が、Web経由の何百倍とかになるんじゃなかろうか。

元々、智恵さんのイベントは人と繋がる率が高いというのもあるけれど、これってすごい確率だなぁと思っています。

それは、ブログやSNSの文章で伝えきれていないことが多いからじゃね?という、文章力などの問題もありつつ…使い古された言葉ではあるだけど「Face to Face」も、やっぱり必要。直接会うことでしか伝わらないことは、多いと思っています。

 

ということで、あと3日に迫った「マジメなアソビ」。
入場無料ですので、ご家族・お友達お誘い合わせの上、ぜひ遊びにいらしてください!

5/5(土・祝)今年も「マジメなアソビ」開催します!

「なんか違う」と思ったら、その違和感を言語化する

レッスン中、私が添削をするために、朱墨を付けた筆を持って生徒さんにじわりじわりと近づいていくと、生徒さんが残念そうな表情を浮かべて、私のことを見ながらこう言います。

「先生、上手く行きませんでした。なんかバランスが悪いんですよね…。」

うん、確かに。お手本と見比べると、どこか違和感がある…。

 

でも、この「なんかバランスが悪い」と思ってしまう「違和感」について、具体的に

「どこがどのようにバランスが悪いと思います?」

と聞いてみると、

「ん~…」

と黙り込んでしまう。

 

書道に限らず、「なんか違う」んだけど、それが何かが分からない…でも、モヤモヤして伝えられない…という経験ありませんか?

私もあります。書道のレッスンでは、その違和感を的確に伝えられるのに(仕事だから、出来なければ逆にマズい)、普段の生活では、「んあ゛ーーっ!」と心の中で謎の叫びをしたりとか、言葉に出来ないモヤモヤがたまることも度々。

「なんか違う」と思うことはとても大切。でも、そこからもう一歩踏み込み、「なんか違うこと」を掘り下げて、その違和感を言語化することは、もっと大切だと思っています。

 

ここで、サンプルを一つ。

一番左に書いてある【春】という字のお手本と、①と②の【春】の違いを見比べてください。
お手本と見比べて、変だな?と思うところはどこかを説明してみましょう。

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答えは、ブログの最後に!

 

字が上達するためには練習量も必要ですが、この違和感の正体をつかむことなく「なんとなく書けていない」状態を抱えたまま、ただ闇雲に書く枚数を重ねても、あまり意味はありません。

私のレッスンでは、この「違和感の正体を明らかにする」ために、どこがお手本と違うのかを、生徒さんの口から出来るだけ具体的にお話してもらうようにしています。
(というより、最近は、添削する前に「ここがお手本と比べて△△だったのでダメでした…」と的確におっしゃってくださる生徒さんの方が増えていて、心の中でニヤリとしています。)

つい、朱墨や赤ペンで先に添削したくなってしまうのですが、一方的に違いを指摘するよりも、生徒さん自らが言語化した方が、自分で点や線の位置関係を論理的に考えることが出来るようになり、身につくスピードが早まります。

まずは「自ら違いに気づくこと」を大切に、その気づきをサポートするのが講師の役割だと思って、レッスンをしています。

 

「違和感を言語化する」と一口に言っても、自分にしっくり来る適切な言葉を引っ張り出すためは、経験や語彙力、何か別のものに例えるための幅広い知識なんかも、きっと必要で。

日常生活の様々な場面でモヤモヤした状況があった時に、「そう!これよ、これ!」というスッキリと晴れ晴れした気持ちまで、自分の力だけで持っていくのは、難易度の高い作業な気がします。

字を何とかしたいけど、自分ではどうしたら良いか分からない時に、私たちのような書道講師がいるように、何とかしたいと思っても答えを出せない時は、どんどん人やモノの力を借りるのがオススメ。

気の置けない友人でも良し、友人に知られたくなかったり、面倒なことに巻き込んでいるようでイヤだなぁ…という場合は、第三者となるプロの講師やカウンセラーなどでも良いでしょう。相談することがそもそも面倒であれば、音楽や本やアートに触れることで、解決に向けてのヒントが得られることもあるかもしれません。

カウンセラーや講師という名のつく人であったり、作家やシンガーソングライターなど、表現をする人は「違和感を言語化する」ことで「心のモヤモヤを解消する」のも仕事の一つ。カウンセリング、指導、音楽、小説、エッセイなどは、「そうそう!私もこれが言いたかったんだよ!」という気持ちを得るためのサポートをする役割も担っていると思っています。

いきなり自分で言語化することが難しかったら、誰かが言ってくれている「違和感」に対して、共感することがまず第一歩。

日常生活で、相手に「なんとなく」伝えたことで誤解を与えてしまったり、面倒だから言うのをやめてしまったがために、更にモヤモヤするような出来事が自分に跳ね返ってきたりすることも、この「違和感を言語化する」力をつけることで少なくなるかもしれません。自分への大いなる戒めも込めて…。

 

<答え>
① 1画目~3画目、横画の線3本の長さが全て同じ、線の方向がすべて一緒(線にそりや伏せがなく、全て右上がり)
  左はらいと右はらいの角度が狭くて、下に伸びすぎている
  右はらいの最後、右へのはらう前に角度が変わっていない
  6画目~9画目、「日」の形が、ほぼ正方形になっている

② 全体的に線が細すぎる
  1画目~3画目、横画の線3本の長さが同じ、空間があきすぎていて、3本とも線がまっすぐ(線にそりや伏せがない)
  4画目の筆を置く角度が違う(穂先が左上ではなく、右上を向いている)
  左はらいと右はらいの角度が狭くて、下に伸びすぎている
  6画目~9画目、「日」の形が、横長の長方形になっている

「毎日後悔しない生き方してる?」と問いかけられた日々から感じていたこと

今日で震災から7年。

あの震災をきっかけに価値観が180度ガラリと変わり、すぐに様々な行動を起こした人がたくさんいました。結婚した人もいれば(震災婚という言葉もありましたね)離婚した人もいたし、東北から離れて移住する人もいれば、逆に東北を元気にするために!と、UターンやIターンで起業した人も…。

私は、あの頃、震災を巡る様々な状況を見聞きしながらも、

「自分が後悔しない生き方をしてるかい?」

と、毎日どこかの誰かに問いかけられながら、ボディブローのようにブスブスと体を突かれているような日々でした。

自分の中で「どんがらがっしゃん」と何かの価値観が一気に崩れた訳ではなかったけれど、重たいヘドロのようなものに足元からジワリジワリと浸食されるというか、蝕まれていくような感覚。

 

仕事に関して言うと、当時会社員だった私は、書道を趣味でやっていたものの「おばあちゃんになってから、地元に帰ってのんびり、小さい子に教えたりしながら仕事としてやれたら幸せね…」なんて呑気に構えていました。

あれから7年経っての現在地がここだなんて、当時は全く想像していなかった。

でも、震災以降、「会社の中の自分」という枠を取っ払ったときにでも「これが私です!」と、名刺代わりに自信を持って差し出せるものって何も無いかもしれない…という焦りのようなものは感じていました。自分の存在価値が欲しかったと言ってしまえばそれまでですが。

 

私にとって、書道は手放しで「大好きっ!」と言えるような類のものではなく、「出来なくて悔しい!」「何とか出来るようになりたい!」という気持ちで続けてきたこと。

いや、好きであることには変わりはないのだけど、キラキラした感じではないんだよなぁ。どうしても泥臭さが付きまとう。

書道を仕事にしよう!というのも、ほぼ直感的に決めたものではあるけれど、今思うと、書道を通じて培った「自分の成長の証」や「自分の価値」を提供して、人の役に立ちたい、という思いが日に日に強まった結果なのかもしれません。

 

書道を仕事にすることを、まだ先のことだと呑気に構えていたあの頃からすると、本当に仕事になった時期はだいぶ早まったけど、

「自分が後悔しない生き方をしてるかい?」

というボディブローは減り、足元にへばりついていたヘドロも綺麗になってきたような気がします。だいぶ心はスッキリ。

 

その代わり。日々作品や筆文字を書いていると、

「お前の実力はそれほどのもんか!」
「まだまだ書けるんじゃないんかぁ?こらぁ!」

と、もう一人の自分なのか妄想なのか、何なのかもはや分かりませんが、ボディブローというよりは豪快にアッパーカットを決められて、「あー、ごめんなさいっ!」てなることは、それはもう多々あります。早い話がダメ出し。

(この状態を放ったままにしておくと、ただの自己嫌悪の塊になるので、書き終えた後は、今日も一日頑張って書いた!と自分を褒めることにしていますw)

何かに追われたり浸食されたりするような心理状況は、基本的にはあまり変わっていないけれど、目指すものが明確になったという点では、あの頃とはステージが変わったというか、一皮向けたのだろうと前向きに捉えています。

 

仕事は、需要と供給で成り立つものですから、私の場合、私が書いた字やメソッドなどに、何らかの価値を感じてくださっている方がいるからこそ仕事として成立できています。今の環境やタイミングも含めて、本当にありがたいことです。

近江商人の「三方よし」みたいに、せっかく出会ったご縁なのだから、自分も相手も社会全体も、何やかんや大変なことがあっても、お互いが上手く循環して、最終的にはお互いが笑顔で仕事が終われた方が良いに決まってる。

その良い循環を生む為には、日々自分の価値をどんどん上げて行かなければと思います。

これからは、自分が好きなことや面白いなぁと思う業界で、自分の価値が生かせて、「自分が役に立てること×自分が好きなこと」の掛け合わせで仕事が出来たら最高!様々な形で、私の字がお役に立てたら、この上なく嬉しいです。

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出来ることなら、自分の作品が名だたる美術館に所蔵されるのをこの目で見てみたい!(生きているうちに)

あまり個人的に残念なお知らせをブログに載せることはないですが、自分を奮い立たせるためにもあえて。

本日、日本初の現代アート書道専門のアートフェア「ART SHODO TOKYO」の審査発表があり、数点出品していたのですが、残念ながら落選しました。

私は書道を生業としてからまだ2年弱ながらも、そもそも、日本にあまり浸透していないアートの分野で、一般的に思われがちな「たぶん綺麗で上手なんだろうけど、良く分からない」という状況を脱却して、日本の書道を世界に発信するにはどのようなアプローチが良いものか…と、常に思っていました。

そんな時に知ったのが、このアートフェア。

書道界にある様々な謎の風習やしがらみの一切無い、現代アートという切り口で真っ正面から挑むイベント。まさにこれだ!と思い、即エントリーしました。

とは言え、現代アートという分野を全く知らなかった私は、その歴史から、表現するコンセプト等々、勉強を開始。

始めて3ヶ月程ではありますが、この期間に、今までとは全く毛色の異なる作品や、これから長い時間をかけて大事に暖めて行きたいラインナップも増えてきました。これは本当に大きな収穫です。

そして、何よりも、自分の作品がこうなったら嬉しい!という目標がより具体的になってきました。

先日行ったニューヨークでも、オークションハウスの「クリスティーズ」の横を通った時には、私が死んだ後に作品の価値が上がっていたら嬉しいだろうなぁ…と思い、MoMAやホイットニー美術館に行った時には、私が死んだ後にここに作品が所蔵されたら、私が霊になっていても絶対嬉しい!と、ニヤニヤしていました。

 

そう、妄想はタダ。妄想上等!

 

先日、作品を買ってくれた友人と酒を酌み交わしていた時にも、こんな会話が。

「私が死んだ後に、○さんがお宝鑑定的な番組に私の作品出してさ、

『この作品は目時さんが41歳の時の作品なんですが、私が購入した後に、お酒を飲みながら目時さんと『私が死んだ後、この作品を鑑定番組に出してたら超ウケるよね!』なんて話してたんですよ云々…』

というエピソードとか話してたら、面白くない?」

「あー、在りし日の目時さんとの面白いエピソードを懐かしそうに語ったりしてね」

「あ、もし鑑定金額が高かったら、別に売ってもいいよ」

「いやいや売らないって!…ていうか、何で、目時さん死んでる前提?笑」

と、まぁ、ちょっとしたバカ話で盛り上がったことがありました。

死後評価されたゴッホの話が頭にあるからか、妄想もバカ話もなぜか、私が死んでることが前提(笑)

アートが浸透していない日本で、作品が評価されて世で認められていくのには相当な年数かかるだろうという思い込みで、何となく私が死んでる前提になっていたのですが、本当は生きてるうちに、自分の作品がこのような状況になったら嬉しい!

今回の結果が出たすぐ後は私もへこみまして。ツイッターにこんなことも書いている時には、だいぶ復活しておりますが、

一晩明けて、今日は、むしろ書道の新時代の幕開けにテンションが上がっています。
次回は秋開催予定とのことで、またチャレンジします!

「ART SHODO TOKYO」の展示は、4月28日から30日まで、三鷹市芸術文化センターにて。
詳細はこちら

世界に打って出る現代書道アートがどのようなものか、この目で見られるのが今から楽しみです。

 

恵比寿,書道教室,現代アート,習字,古地図
恵比寿神社付近之繪圖(A old map, the vicinity neighboring Ebisu Shrine)
今回エントリーしていた、建物名や家主の名前が書かれた地図ではなく、その場所にどんな目的で集い、どんな営みが繰り広げられているか?という視点を元に、古地図風に再現。今後バリエーションを増やしていきたいラインナップの一つです。

年齢とは単なる数字だけど、年の数だけレベルアップしていきたい。

本日42歳になりました。

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今日はさすがに誕生日なので、自分が何歳になったのかは分かっていますが、周りの人と年齢の話になる度に「あれっ?私、何歳だっけ?」と、本当に分からなくなることがあります。

「それって、わざと年齢言いたくないんでしょ?」
「年ごまかしたいんじゃないの?」

いうことではなく、自分が何歳かを気にしていないので、本当に分からなくなるのです。40代前半というのは認識できているので、年齢を聞かれたときは、41歳〜43歳辺りをウロウロ…。

元々「あー、年を取りたくないなぁ…」と思ったこともあまりないし、年齢を聞かれても躊躇せずサラッと答えます(前述のように、普通に間違ってしまうことはありますが)。

もちろん、年齢を聞かれて、

「何歳だと思う~?♡」

なんていうこともしません。(←これが自然に言えるような人間になっていたら、もっと私の人生が変わっていたかもしれない 笑)

「年齢は単なる数字にすぎない」

という言葉を度々耳にします。

これを最初に言ったのが誰かは分かりませんが、「年齢は単なる数字」と、Google先生で検索すると、一番最初にこちらが出てきます。

英語のことわざ【年齢は単なる数字】

年齢は成熟を保証するものではない  -ラワナ・ブラックウェル(アメリカの作家)

確かに。

10歳でも成熟した考えを持った人もいれば、20歳で自ら命を落としてしまう人もいる。
50代で投げやりな生活を送る人もいれば、60代で新たな挑戦をする人もいる。

前のブログで、作者は、作品に生き様が100%表れているかを見られているということを書いたけど、

「何年生きてきたか」ということよりも
今まで&これから「何を経験して、何を感じて生きていくのか」

ということが大切で、成熟した人生を送るためには、幸せの照準を、自分が思う方向に常に合わせられているかを意識する必要があると思っています(←これは、度々私も忘れちゃうことがあるので、自分への戒めのためにも言っている)。

以前、ある方に、

「あなたは、あなたの人生を生きていい」

と言われたことがあるのですが、何か迷った時、例えば、

親や大切な人が思う幸せ像につい合わせていないか?
世間一般(という曖昧模糊としたもの)で言われている幸せ像に踊らされていないか?
自分の幸せの鍵を他人に預けっぱなしにしていないか?

ということは、冷静に見ておきたいところ。

テレレレッテッテッテー(・∀・)は、ドラクエのレベルアップ音ですが、死ぬまでレベルアップし続けられるような生き方をしようと思います。

大切な友人や仲間、多くの人の応援があって、書道を存分に出来る環境にあること、本当に感謝しています。ありがとうございます!

【ニューヨークひとり旅~ほぼ弾丸旅行記 その2】「誰とも似ていない自分」を出すことの難しさ

今回の渡米の目的は「JCAT」グループ展「JAPANISM」のレセプション参加でしたが、作品を出品するだけではなく、実際にニューヨークまで行ってみようと思ったのは、

1) アートやエンターテインメントが文化としてどのように根づいているのかを肌で感じたい

2) 日本で、書道をアートとして根づかせるためのヒントを探りたい
3) 私のことを全く知らない人が作品を見た人の感想が知りたい

 

というのが主な理由でした。

特に、自分の作品は海外でどのように見てもらえるのか?、アートという土壌が豊かなニューヨークで、日本の「書道」はどのように見えるのか?ということに関心がありました。

日本人にとっての「書道」は、授業や習い事としてもありますし、作品を鑑賞する機会もそれなりにありますから、多くの人は何らかの経験値や先入観があります。

特に現代の日本において「作品を鑑賞する」ことは、旅行で泊まった和室で見かける掛け軸や、大きな展覧会で見る作品が、

「すごいものを書いてるんだろうけど、正直何て書いてるか分からない」
「何か似たような作品が多くて良く分からない」

という状況で止まっていて、

「作品として好きかどうか」とか「この作品が欲しい」というところまでも達していない

…という一面があるのも事実。

自分の作品で、日本らしさを残しつつも、その「よく分からない」域を出るために必要なことは何だろう?ということは常に考えていますが、そんなネガティブな要素もふまえた上で、もしかしたら、その「よく分からない」域を出るためのヒントが、先入観のない海外の人に見てもらうことで少し分かるかもしれない…と思ったのです。

今回、ニューヨークに持って行った作品は二つ。

現代アート,ニューヨーク,書道

左:黙(Silent)
右:和(Spirit of Harmony)

日本で昔から脈々と受け継がれている「和の精神」、そして禅語の「黙」を書きました。これらの言葉から掛け離れてしまった今の社会状況や、今後ありたい人との関わり方を表現しています。

レセプションにいらしていた方々とお話させていただいて、まず思ったのは、形がどうこうというよりは、

なぜこのような表現をするのに至ったのか?

という理由や、作品に対する思いを知りたい方が多かったこと。

なぜ書道を始めたのか?
どのように習っていたのか?(先生がいたのか、独学なのか)
途中でなぜ書道を辞めたのか?

かなり細かくお話することが多かったです。

作品を見てくださった方々は、

作者がどんな人生を生きてきたのか?
その生き様が作品に表れているのか?

ということを知りたいと思っていて、作者は、生き様が100%作品に表れているかを見られている…というか、試されているような気がしました。

現代アート,ニューヨーク,書道

一方で「書道」としての見た目の部分。今回、「黒一色・一文字」の表現で挑んだのですが、まず感じたのは、

どうやら「黒一色・一文字」表現は、誰が書いても似たような表現に見えていたようだ

ということ。

これは、完全に私の技量の問題もあるのですが、他に出展されていた書道のアーティストさんの作品についても、

「これもあなたの作品?」

と何度か聞かれました。私から見ると、書体が全く違うものだったので区別がついている…と思っていたのですが、人によっては、結果同じように見えてしまっているということに「そうかぁ…自分らしさが出せていないのだなぁ…」と痛感しました。

私の表現が、いわゆる古典的な書道から抜け出せていなかった、既視感があった、ということもあるだろうし、もしかしたら、日本の「書道」というジャンルが、そもそも浸透していないということもあるかもしれません。

MoMAの書籍売場にあった主な日本関連の書籍は、水墨画と草間彌生の生涯を描いた絵本で、インクアート関連の書籍は中国のもの。まずは、こういう場所に、日本の書道関連書籍が置かれるようにならなければならないのだろうなぁ…道のりは長し…と思いました。

という落胆もあったのですが、現地の日系の情報紙「週刊NY生活」に、作品が掲載されたのは本当に嬉しかったです!(記事はこちらをご参照)

現代アート,ニューヨーク,書道

現地で活躍している方々から、ニューヨークのアートシーンについてもお話を伺うことが出来ましたが、ファッションの流行の移り変わりと同じように、作品のジャンルや展示方法に至るまでトレンドがあり、年単位でめまぐるしく移り変わるのだとか。

私たちが、その流行にあえて寄せていく必要はないと思っていますが、トレンドを知り、市場のニーズに対応する力を身に付けることは必要だろうなぁと思いました。

…と色々考えていたら、技術を磨くことと引き出しを増やすことは当たり前に出来た上で、仕事で必要なのは、

・目まぐるしく変わる市場のトレンドを知ること
・お客さんが何を求めているかを客観的に見ること
・自分も相手も面白がれるようなものを作れるバランス感覚を養うこと
・とは言え、生き様が見えるものでなければならない

…のだなぁと。何を生業にしていても、基本みんな一緒じゃん!

あと、これは万人向けではないかもしれないけど、水に例えると、喉ごし良く飲みやすい「ヴォルヴィック」よりも、喉にちょっとひっかかるけどクセのある「コントレックス」みたいな感じで、万人に好かれるわけではないけど、クセが強くて気になるもの…というのは表現にも必要なのだと痛感しました。

表現は自由なものではあるけれど、単純に好きなことだけをやるのは自己満足で終わってしまう
アートは売り手と買い手がいて成立するものなので、当然、表現するにあたっては謙虚さや客観性も必要

だと思っています。

今までのような「家に気軽に置いてもらえるようなインテリア書」も継続していきますが、ギャラリストやコレクターの目に留まり、日本代表として海外に羽ばたける作品を作って行こう!と誓った、2018年初頭でした。

…と、本当に大満足な3日間でしたが、正直疲れました(笑)今度ニューヨークに行く機会があったら、もうちょっとゆっくり過ごしたいなぁ…。

【ニューヨークひとり旅~ほぼ弾丸旅行記】その1はこちら

一番大事なレセプションに行く途中に地下鉄を乗り間違え、乗り換える途中の階段でルートを再検索しようとバッグを開けたらスマホを落とし→それが誰かにあっという間に拾われ(盗られ?)→私、オワタ!顔面蒼白…という事案が発生しました。
結局、スマホは改札に届けられており、手元に戻ってきたので事なきを得たのですが、今回のひとり旅の道中、検索、マップ、翻訳などのGoogleの各先生方に、おんぶにだっこでお世話になりっぱなしだったので、スマホが無かったら何も出来ない状態に(汗)
超基本的なことですが、大事な場所や予約番号などはメモ書きしておくことをオススメします。アナログも大事(切実)

「ごっこ遊び」のつもりで仕事をする

タイトルを見て、「仕事をなめとんのか、コラァァ!」と思われる方もいらっしゃるかもしれません(苦笑)
この考え方は、すべての人に当てはまるとは思っていないのですが、人によっては、仕事をするスタンスのひとつとして、結構重要なんじゃないかと最近思い始めました。

「ごっこ遊び」って、お医者さんごっこなら、医者と患者…というように、人それぞれの役割はありますが、例えば砂場で遊ぶ時は、目の前に砂やカップがあるくらいで、あとは、すべて「ある前提」で遊びを進めていきます。

仕事に対する考え方,仕事術,フリーランス,自分らしく生きる

道具は、無かったら無いなりに砂で他の何かを作ってみたり、無ければ「エア」で、ある前提でふるまうし、当然、砂場は病院じゃありませんから、病院にいるつもりで遊びは進みます。

基本「ごっこ遊び」は、何の制約も無く、何でも出来ます。

例えば、ワークショップやレッスン内容を組み立てる時に、思考が深まってくると、

「これがあったら、もっとこう出来るのに…。」

という状態に陥ることが出てきます。

「無いものを探す」は人間のクセなので、度々発動するのも仕方がないことなのですが、道具や場所など、条件の羅列になって、内容を組み立てている途中、堂々巡りになると、

「いや待て。これ全然楽しくない!」

という瞬間がやってきます。

悪いクセが発動した時なぁと思った時に、私が良く思い出すのは「ごっこ遊び」。

・「あれやれたらいいなぁ…」を制限しない。妄想上等!
・モノや環境が無いなら無いなりに、無くても出来ることを考える
・遊びを存分に楽しむ心を忘れない
・眉間にシワを寄せない( 冗談ではなく、楽しくないことを考えている時は大体こうなってます…)

これらのことを思い出して、本来やりたいことから脱線しないようにしています。

今までの人生で経験してきた「思いグセ」というのは恐ろしいもので、どんなにプラスに書き換えても、悪いクセはひょっこり顔を出してくるもの。 なので、私は「ごっこ遊び」を思い出しながら、クセに修正をかける日々を送っています。

「ごっこ遊び」的な感覚で本気で考えた、楽しく且つ頭と心がスッキリするレッスンをご用意して、今日もお待ちしております。

一旦書道を辞めて、遠回りしたからこそ出来ること

いよいよ個展まであと1週間。
ハガキサイズのDMを作ったのですが、

個展のチラシ置くよ!とか、友達分に何枚かちょうだい!と、声をかけて下さる方もいて嬉しい限り(・∀・)
ありがとうございます!
 

チラシ制作や今使用している名刺は、家内制手工業ですが(自分でパソコンでパチパチしてます)、これが出来ているのも、書道漬けだった生活から離れて、書道とは全く関係ない仕事をしてきたからこそです。
 

大学を卒業して最初の会社を、会社都合で退職になった後、紙媒体のデザインやレイアウトをする、DTPデザイナーという仕事に興味を持っていた時期がありました。

結局、その仕事に専門職として就くことはありませんでしたが、自分でDTPの勉強をしつつ、印刷会社で営業事務をしながら、印刷の仕組みやソフトの使い方を学び、それ以降に転職した会社でも、ちょっとしたチラシやポスターのデータを作る機会に度々恵まれました。
 

今はもちろん、様々な仕事を専門の方にお願いすることも多いですが、個人事業主として仕事をする上で、最初の段階では、ある程度自分で出来ることが多いのはプラスに働くと思っています。

自分のイメージを形にするのを他人任せにし過ぎないことは、自分の思いをブレ無く表に出すための訓練にもなりますし、もっと現実的な話で行くと、潤沢な予算が無かったり、収入が不安定な起業時は、外注せずに出来ることがあるのは、費用を抑えられるという面でメリットが大きいです。
 

イヤなことは無理してやる必要はないけれど、これがやりたい!という強烈な思いの有無に関わらず、

「少しでもココロが動いて、イヤじゃなかったら、とりあえずやってみる」

ことは大事だと思います。
 

どこで何が役立つことになるか、分からない!
もしかしたら、後々大好きになるかもしれない!

仕事をしていく上での視野が確実に広がります(^_^)
 

目時白珠 2nd exhibition “One”
会期:2017年1月23日(月)~2月5日(日)※現在は終了しております
時間:平日18時~26時/日曜:18時~24時
会場:dolce wine cafe Vinsanto
150-0021 東京都渋谷区恵比寿西2-1-7

※個展の作品の一部は、こちらからご覧いただけます。